アメショが気をつかってくれたので(ネコ短編小説)
僕は朝との駆け引きに負けて目覚めた。快活で諧謔的な朝だった。
駆け引きは夜通し続いていたので、僕は寝不足だった。
僕の横でアメショが三日月型の抱き枕を抱いて寝ていた。なんか見たことあるネコだと思ったら、うちのネコだった。満月の夜の日はいつも家を空けるネコだから意外だった。
僕のいびきのかきかたを真似して寝ているところをみると、アメショはたぶん嘘寝なんだろう。
猫を残して洗面所へ行き、冷たい水で顔を洗った。タオルで顔を拭くよりも前に鏡の中の自分を見た。
寂寥に寂寞を足したようなツラだ。なんてこった。
急に愛を集めたくなった。夜通し駆け引きしたあとは大抵そうなった。
朝陽の音楽性はコップの中に立った歯ブラシに燦々と届いていた。
歯ブラシを手に取るとき思う。
こと、求愛ということになったら、やはりネコのほうが上なのかもしれない。
すると背後から声がかかった。
「オレの手、貸そうか」
鏡越しにアメショがそう言ったのが見えた。すでに嘘寝から起きていて僕の後ろにいたみたいだった。
僕は黙って歯を磨いた。そもそも黙って歯を磨かない人は、その時点で、愛を集める必要なんて無いんだ。
「オレにもそういう朝があったからわかるのさ。集めたくなったんだろ?愛をさ」
アメショがそんなふうにわかったような口を利いてくれてもしかしたら僕は助かったのかもしれなかった。
「朝飯、僕は抜くけど、君は食べるだろ?」
僕は振り返ってそう言った。ネコは鏡に映りこむように洗濯機の上に乗っていた。
「まあ、昨日の残りもん以外ならオレは何でも食べるよ、ネコだから」
「好きなもの食べてくれよ、僕はちょっと出かけてくるよ」
「愛を集めに?」
「まあね」
「愛の集まりは悪いぜ」
「知ってるよ、そんなの」
支度はすぐに済んだ。朝の音楽性は日々の僕らの未必の故意によって忙殺されていく。
「ちょっと待ちな、これもっていけよ」
アメショは少しばかりのお金を僕にくれた。それでもキャットフードが箱で買えるくらいの額で彼にとっては大金だった。そして今日のシッポはまるでつくりものみたいに殆ど動きがなかった。
きっとアメショも夜と闘っていたのだろう。
「ありがとう」と僕は素直に礼を言い、靴を履いた。アメショは玄関まで出てきてくれた。
「結局は買えちまう額だった、何てこともあるんだ、愛は」
「そうだね」
僕はそう答えて、家を出た。
その際に、何かの督促状がドアに挟まっていて、ひらりとそれが落ちた。
2ヶ月分の愛が滞っていたみたいだった。
終
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