見出し画像

人見知り克服ジムに体験入会した話


僕の人見知りは筋金入りだ。筋金の方がよっぽど人懐っこいかもしれない。

自分のそんな人見知りな性格とはもう長い付き合いだ。自分の性格ってやつはけっこう付き合いやすくてよくない。

大人になったらもっと、社交的になれると思っていた。

でも大人になるにつれ、どんどん猫とだけ仲良くなってゆく。

この前、ウチの猫に言われた。

「飼い主が人見知りな方が猫としてはお世話が行き届いてありがたいね」

だってさ。

確かに僕はいつもウチの猫の世話ばっかし焼いている。

いつも思う、猫と人だけがいる世界はだいたい縦割り社会だ。

「たまには人に揉まれてきなよ」と日向ぼっこをしながら恐ろしいことを言うウチの猫。

「猫だって単独行動多めなくせに」

「だって猫の先祖は砂漠の生まれだからね」

ウチの猫は大きくあくびをしている。

「それなんか関係ある?」

「じゃあ逆に聞くけど、砂漠でひとりぼっちに耐えられる?」

「それは寂しいよ」

「でしょ。だからおたくは結局は人見知りを装ってるだけなのさ」

──偽装人見知り。

もしも太宰治だったら破滅的にそれを描いて、何かに失格してしまうのだろうけど、僕はむしろ何かに合格したくて一応生きている。

そこでついに決心して、この人見知りを本格的に克服することにした。

東京に一ヶ所だけあるという、『人見知り克服ジム』に行ってみることにした。

ネットで調べると、『人見知りだけで安心・快適. コーチも会員様も人見知りだけ · 1回30分・予約不要. 通いやすく継続率97.7% · 専門コーチがサポート. 手持ち無沙汰解消率100%.人見知りの方が大好きな袋分けお茶菓子もご用意してあります.不安や気まずさがあっても……』とある。

確かに人見知りに配慮されたジムのようだ。

手持ち無沙汰解消率100%の実現はすごい。

さらに、袋物の噛むときに大きな音なるお菓子は、適度に自分と相手の会話が聞こえづらいので人見知りが社交の場で会話する際の必須アイテムだ。

ただ一つだけ言えるのは、どんな好条件であっても人と合いそうな場所に行かないのが人見知りなので、そもそもジム形式のとこ行かないだろ的なことだ。

いや。ダメだ。そんな弱気じゃ。

鼓舞。

まずは会社の留守電に電話して、“人見知りの都合によりしばらく休む”と伝える。まあクビだろう。

でも今回の僕はそのくらいの覚悟なのだ。

この東京砂漠に飛び出して、一人前の『人見知りじゃない人』になるのだ。

男は一度敷居を跨いだら7人の敵あり。ありがたい。少なくとも寂しくはない。

「帰りにカリカリと猫草買ってきて」とウチの猫。

では「行ってきます」。動きやすい服装でいいんだろうか。

あえてライドシェアのタクシーに乗り、完全に人見知りを拗らせてから、現地入り。

家族連れで賑わう商業施設の一角だ。あえて人見知りが一番苦手な立地。

デカデカと『人見知り集まれ!』と書かれていて、気が引ける。集まれたら苦労ない。

自分の中の筋金だけ置いて帰ろうかと思ったら

ドアが内側から開いて引っ詰め髪のスタッフの女性の方に声をかけられてしまった。カメラで見ていたのだろう。

「失礼ですが人見知りの方ですか?」

「あ、あのーですね……」

「ちょっと失礼します」と言ってスタッフさんが僕の体を非接触の体温計みたいなのでピコピコ測ってから「けっこう高めに出てますねー、人見知りが。数値が1600ヒトミシリルあるので」

僕はそんな数値は1ミリヒトミシリルも知らない。

「とにかくお入りください」

「はあ……」

入るとそこはかなり雑然としていた。それは人見知りとしてはとても助かる雑然としかただ。

椅子とテーブルだけとかだったらすぐに人見知りが爆発してしまうから。

中にいる人たち(会員のひと?)もそれぞれが適度な距離を保って互いに目礼をしながらそこら辺のものを手に取ったりしている。

スタッフさんが体験入会について説明してくれた。

サザンの希望の轍のイントロの『ハーッ』の声みたいな声で説明するのでちょっと気押された。

「いつもこれくらいの人数の人が利用しているんですか?」

「そうですねー、今日は少し少ないですかねー。路上教習に行ってる方もいるので」

「なるほど……」

入れたいのか出したいのかどっちだのだろうか。

手続きに入る。

わたしはロボットではありませんのところにレチェックお願いします」

「あ、はい」

「続きまして、過去3年間非人見知り行為などの人見知り違反をしておりませんのところにもレチェックをお願いします」

「はい……」

手続きも終わり、いよいよ体験スタートだ。

「まずはサーキットトレーニングからですねー」とスタッフさんは自分のコーヒーを作りながら言った。

「サーキットトレーニングってなんですか?」

「お好きなようにうろうろしていただければ。まだ人見知りの状態なのでいきなりトレーナーはつけられませんので」

「はぁ……」

僕はジムのなかを30分うろうろした。他の人見知りの方たちとのサーキットトレーニングは終始さざなみのようだった。

ワークアウト的なBGMが僕の中に何かの罪悪感を生んだ。

近くの人が小物を落としたので拾ってあげた。

お菓子を音を立てないように食べた。味は覚えてない。

クールダウンタイムの曲が流れた。

そろそろ終わりのようだ。

他の人見知りの皆さんがしているのと同じように僕も呼吸を整えた。


スタッフさんが「お疲れ様でしたー」と近寄ってきた。

ス「初めてでここまでできるのほんとすごいですよ」

僕「そうですかね」

ス「これならすぐ路上出れますよ」

僕「はぁ……」

出所みたいに言わないでほしい。

ス「では最後に数値の測定を行います」

ピコピコと念入りにに測定される。

ス「わーすごい!900ヒトミシリルまで落ちてますよー。1000切りましたー!」

みんなが拍手してくれる。

完全に僕は人見知りを拗らせているのに……。

逃げるように家に帰った。

「買ってくるの忘れたでしょ」

ウチの猫は玄関で待っていた。

「あ、ごめん」

「そんなことだと思ったよ。ここが砂漠じゃなくて良かった」

ウチの猫は背中を向けて部屋の奥へ行ってしまった。

靴を脱ぎかけた時、部屋の奥からあの声が聞こえてドキッとした。

サザンの希望の轍のイントロの

ハァーッ!



                      終

いいなと思ったら応援しよう!