何度目の暗澹

暗闇が俯くように僕を見ていた。
まさに岩窟の如き異界の手前に立ち尽くす僕は、あまりにも無力だった。

その異界は、僕を嘲笑うように口を開けている。そして、その中にはぼくがいた。

「ほら、僕、おいでよ」

「ぼく以外いないよー」

「ぼくは、僕だよー」

異界のぼくは何度もそう口走る。
一瞬、それが何を指し示しているのかわからなかったけど、真っ暗な世界とぼくのコントラストにより、その異界が示すものを理解する。

ぼくは、僕を殺したがっている。
何もない暗がりに立つことはできない。真っ暗な闇に佇むぼくは、本来の僕では到底なく、そこへ引きずり込もうと笑うのだ。
あの空間ではきっと、僕はぼくとなる。だから彼は「ぼく以外いない」と言ったのだ。
そんなぼくに対して、僕は声を張り上げる。

「僕は、君じゃない!」

異界に向かって放った言葉が反響し、こちらに返ってくるときには、既にぼくはいなかった。
目の前にある真っ暗な世界はストレートに自らの死を表し、そこに立って手招きするぼくは、僕を殺そうとするもの。

それが周りが誕生させたものが自らに寄生し、やがて自らであると認識してしまう。名前を与えるのならば「希死念慮」と呼ぶべきものだろう。
これは厄介なもので、この空間に来なければそれを認識することができない。外の世界では、「ぼく」は確実に僕であるから。
しかもそれは、「ぼく」が僕と同じ思考や存在になるのではない。僕が「ぼく」と同じ思想になるのだ。

だから次にここに来る時、僕は暗がりに立ち尽くし、手招きするそれに気づくことができるか不安になる。

確実な手段はもうここに来ることがないように、僕自身が僕を守ってあげることだが、それには僕だけじゃ達成することができない。
それに、あの異界は生きていれば必ず遭遇するものだから。
だから、あの世界との節度を見誤ることのないように僕は生きるんだ。

もう、何度目かわからない暗澹の世界を。

#小説 #自殺 #希死念慮

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