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〜爪〜職業相談窓口から①|#短篇小説
①
これがすべて実話と言うつもりはない。実話ではないが、名前は伏せておく、という形にしたい。
仮に「獅子尾さん」としよう。彼はライオンのような長髪気味の髪型で、顔は【あしたのジョー】の丹下段平みたいだった。いつもノーネクタイで、黒っぽいスーツのような服装だった。
50代から、60代前半、といったところだろうか。
私は当時、ハローワークで職業相談員としてカウンターに座っていた。
求職者の並ぶ席をぐるっとコの字に囲んで相談窓口のカウンターがあり、全体で毎日100人以上の求職者に対応していた。
獅子尾さんは所謂、「常連さん」だった。とにかく毎日来所する。半日以上、何度も窓口で相談して時を過ごす。
・・・それだけなら、特に何ということはないのだ。
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彼は時折、相談している最中、または受付対応中、移動しながらなど、恐ろしいほどの大声で怒りをまき散らすことがあった。こうなると、何分も続いて誰も止められなかった。
彼の周りから、どんどん人が離れていった。そんな感情的な反応をする求職者は、他に見当たらなかった。
ハローワークの窓口担当者は、元は人事部長などを歴任していた人が多く、ドラスティックに業務を進めているようだった。また、受付対応は、無駄なく能率的になされていた印象だった。
ある意味システマティックに仕事をこなす人たちのため、獅子尾さんにどのように対応したら良いのか、皆はかり兼ねていた。
(事務的だとか、理詰めの対応が苦手なのかな・・・)
私は端から、手前勝手にそのように判断した。
ある日、相談窓口が全て埋まって、私が獅子尾さんの相談を担当することになった。みな、腫れものにさわるように彼に対応していたが、私はフラットに話そう、と決めた。
いつものように丁寧に説明しながら対応したところ、彼は終始笑顔で、それからずっと受付で私を指名して来られた。
(私のいた所では、相談担当者の指名が可能だった)
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何度か獅子尾さんと仕事について話し合い、彼も何度か職に就いたが、あまり長くは続かない様子だった。然し以前より、再就職率は高くなった。
ちなみに、土曜日もハローワークは開庁している。私はその頃ひと月に1、2回、出勤していたと記憶している。
ある日の昼下がり、空いていて静かな1階の相談コーナーに、あたふたとした様子で2階の年配の男性職員が入って来た。
「藤澤さん・・・藤澤さんっている!?」
私の名前だった。切羽詰まった声に驚いて、その職員を窓口から見上げた。
「あの・・・2階で、怒鳴っている求職者が来てるんだけど・・・
”藤澤さん呼べ!“って」
(―――あ、久し振りに、とうとう切れたのか。
何で2階に上がったんだろう?)
私は何故か冷静な心持ちだった。
「獅子尾さん、こちらに来て頂いて下さい」
男性職員は見るからにほっとした顔で、またあたふたと2階へ戻って行った。
【 continue 】
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▶Que Song
嫌んなった/憂歌団
※このお話はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
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