mon ami〜猫と僕の日々|#短篇小説
Chapter1.
mon ami〜猫と僕の日々
雨の朝。
僕は、いつものように、神社のなまこ壁の横を通って職場へ向かった。静かな、楠の葉々に落ちる雨音まで聴こえそうな道。・・・今朝は、鳥たちの鳴き声はしない。
裁判所の、古い煉瓦の洋風建築の前で、傘を指しつつ信号を待つ。職場までは、歩いて行ける距離だ。
―――すると、横断歩道のちょうど真ん中あたりに、黒っぽいほわほわした小さな球状のものを見付けた。
(何?あれ―――鞠?
けど、うっすら毛が生えてる・・・)
ほとんど車の通らない信号なので、周りを確認して慌てて謎の物体にかけ寄る。
猫だった。本当に小さい、片方の手のひらに乗るくらいの仔猫。
持ち上げると・・・やや湿っているが、生きていて温もりがあった。
車に轢かれなかったのは、奇跡としか言いようがない。
親猫が居ないかきょろきょろと見回したが、それらしい形跡がない。雨のそぼ降るなか、植え込みなどに放置するのは何となく憚られて、出社前に焦って迷った挙げ句、職場まで手のひらに乗せたまま連れて行ってしまった。後先を考える余裕が無かった。
社内にあった小さな段ボール箱を組み立てて、給湯室の隣りの、掃除用具の入っている一室の隅に置かせてもらった。後輩社員の藤尾奈恵が、親切にも余ったタオルや新聞紙を持って来てくれた。
そおっと仔猫を箱に入れ、寒そうなのでタオルを折り曲げて上に掛けてやった。僕とフジオナエは、箱の横にしゃがんで、黒い仔猫の様子をしばらく眺めていた。怖がっているのか、仔猫は未だ鞠みたいな状態で丸まっていた。
「・・・武井さん?」
膝を抱えたまま、フジオナエが僕に声を掛けた。彼女の眼鏡がキラリと光った。
「こんな小さい仔猫、何時間かおきに、ミルクあげないと駄目ですよ?
・・・それも、スポイトみたいなのでないと、飲めないですし。
武井さん・・・独り暮らしですよね?」
「そうなんだ・・・」
フジオナエにじっと見つめられて、【仔猫を飼う責任】が一挙に押し寄せて来た。
「―――さ、仕事・・・」
言いたいことを言うと、興味を失くしたようにフジオナエは立ち上がって、ドアをパタンと閉めて出て行った。
(―――どうする?誰か他の社員に世話を押し付けることは出来ないし・・
出社したとき、此処にずっと置かせてもらうのも無理な話だ。
・・・うちは、どっちの親も現役で働いてるしな・・)
頭で色んな可能性をぐるぐる考えたとき、ふっと前の彼女の顔が浮かんだ。
(たしか、ちょうど最近、病院の受付の仕事を辞めたと言っていたっけ。
―――【ダメ元】で、訊いてみよう)
「そういうところが、貴方は勝手で、狡いのよね・・・」
付き合っていた頃、苦笑しながら彼女に言われた台詞を思い返した。
迷惑なのは勿論百も承知だけれど、僕は携帯の中の彼女のLINEに
―――相談したいことがあるんだけど 今日は連絡取れるかな?
と打ち込んでいた。頼む、何とか引き受けてくれ、と携帯に片手で拝んだ。
仔猫を救うためには、思いつく可能性に賭けるしかなかった。
やがて訪れる、仔猫と僕との不思議な日々については、また別の話になる・・・
【continue】
お読み頂き誠に有難うございました!!
初めての長篇小説です。何卒宜しくお願い申し上げます。
2024.7.23 佳き日に
BRILLIANT_S
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