二人でお酒を〜気難しい作家先生・外伝【4】〈改定版〉|#短篇小説
短篇小説の続きを投稿いたします😌🥀
《これまでの話》
お読み頂きますれば幸甚です。
↓ ↓ ↓
【4】
千鶴は歌い終わったあと、席には戻らなかった。白石と浩介の間に立って、
「慌ただしくて申し訳ございませんが、今日はこれで失礼いたします」
と、やや眉を顰めながら謝った。
そして白石に向き直り、
「―――岸田先生の原稿を、預かって頂いて宜しいでしょうか?」
と尋ねると、白石は、
「ああ。良いよ」と、鞄から千鶴が出してきたファイルケースを両手で受け取った。
―――
「それでは、ひと足お先に失礼いたします。御免下さいませ・・・」
千鶴は浩介と白石だけでなく、マスターにも丁寧に挨拶してそそくさと店を去ったのだが、浩介と目を合わすことは無かった。
・・・そのあと。
浩介は、自分が存在せず、抜け殻になったような違和感を覚えた。
いつも執筆以外で心の動かない康介にとって、そんなふうに気持ちが粟立つのは珍しいことだった。不愉快極まりなくて、袂に入れた煙草をごそごそと出し、1本咥えてみた。
白石が笑いを含ませて言った。
「―――深谷先生、彼奴は中々面白いでしょう」
(・・・『彼奴』?)
常に礼儀正しい様子を見せる白石が、千鶴を馴れ馴れしく『彼奴』呼ばわりするのさえ苛立ってくる。これは益々自分らしくない、と浩介は思った。
「家族で旅行に行ったときに、よく宴会をして歌わされたらしいですよ。
・・・この間なんか、岸田先生を此処にお連れしたときに、デュエット曲を歌ってました。岸田先生、ご満悦でしたよ・・・」
浩介が聞きたくもない話を白石は続けた。また、陰陰滅滅の気分が蘇ってくる。
(・・・引き上げ時だな)
浩介は煙草に火を点けず、指に挟んで席を立った。
大島の和服姿だと、妙に威圧感がある。
「白石君。―――帰るよ」
千鶴の話をなおも続けようとしていた白石は、少し驚いたようだった。スツールで前のめりになり、
「・・・先生、社の車ではお送り出来ませんが、タクシーを呼びます」
と言った。
飲んだため、社用車は代行サービスを使うのだろう。
「―――いや、構わない。流れているのを停めるから」
白石が携帯を内ポケットから出すのを手で制して、浩介は次第に酔いが覚めてきた頭で扉へ向かった。
「―――有難うございました」
チーク材のがっしりした扉が閉まる前、カラン、という音とともに、白石とマスターが一礼しながら挨拶する声と気配がしていた。
しんと静まった住宅街の暗闇。
タクシーのヘッドライトが滑るように進んで、浩介の家の前で停まった。
浩介は運転手にタクシー代を支払いながら一言礼を言い、ドアから出て、春の朧月の光と、ところどころ外灯の明かりで仄明るい道端に立った。
何処からか、ジー、と鳴く虫の声が聴こえている。やはり、このような静かな場所が、浩介の心身によく馴染むのだった。
垣根の間の、門被りの松がある古い扉を開けようとしたとき。
「―――先生」
何処からか掛けてきた声は、千鶴のように聴こえた。
声のする右側へ顔を向けると、やはり外灯の明かりに幻のように白く浮かんだ千鶴の姿があった。彼女は力なく、俯向いていた。
「どうしたんだ・・・」
浩介は虚を突かれた。自分の声がかすれているのを感じ、軽く咳払いした。
千鶴は電柱からよろよろと浩介に近付き、間近まで来て、浩介を強い眼差しで見上げた。
「先生、私、担当が変わるかもしれません・・・」
千鶴は涙目になっていた。浩介は黙って、千鶴を見下ろした。千鶴は両手を胸の前で組んでいた。
「私、―――岸田先生の担当になったり、他にも担当の先生が増えたんです。
それで編集担当の枠を変える話になって・・・。4月から、異動もあるので・・・」
そこまで一気に言って、千鶴は組んだ手で胸を押さえ、俯向いた。
「僕の担当が、君ではなくなるということか・・・」
浩介の言葉に、千鶴はまた仰向いて目を合わせ、
「―――まだ、はっきり決まった訳ではないんです。
それで・・・」
訴えかけたあと、彼女の目から涙がはらはらと溢れた。
玉なす涙、とはこのことか、と浩介は思った。その顔から目が離せず、大丈夫だ、と言う代わりに、千鶴の肩に触れた。
ドミノの最初のピースを倒したように、千鶴が浩介の身体にもたれ掛かってきた。
「・・・・・」
自分の身体にすっぽりと納まった千鶴は、子供の如くしゃくり上げて泣いた。
(―――大丈夫だ、文芸部の上の人間に言うから・・・)
その言葉を口に出そうとするが、何故かうまく言えない。彼女の背中をそっと叩くと、千鶴は浩介の背中に手を回してぎゅっとしがみついた。小さな手だ、と思った。浩介の心がまた粟立った。
「深谷先生・・・」
千鶴が泣いた顔で何かを更に訴えかけようとしたとき、口元の黒子が目に入った。
昔愛し合った女性の記憶。浩介が振り回され、愛していたのに別れてしまった柔らかい髪の女性。―――彼女にも、似た黒子があった・・・
浩介は、逃げていく思い出を掴むように、千鶴に口づけた。千鶴の身体が驚いて固くなるのが分かった。浩介の舌は千鶴の口の中で、何かを探すように彷徨い続けた。
そのうちに・・・千鶴の力が抜け、膝が崩れそうになったのを、浩介は支えるように強く抱き締めた。
(これは・・・戻れないな。チェック・メイト※だ)
そのときの浩介は、15年前恋愛した若い頃の心に戻っていた。それは、ある意味彼の再生でもあった・・・。
※チェック・メイト…おまけサイト参照。
✠ Finis(完) ✠
▶Que Song
GLIM SPANKY/Slow Na Boogie Ni Shitekure (I Want You)
🌹おまけ🌹
▶『チェック・メイトの意味とは?』
✢✢✢
はい、今回で深谷浩介と高階千鶴の恋物語は一旦おしまいです😊
拙さゆえか長くなりました。お読み頂いたnoter様、長々とお付き合い頂き有難うございました!!
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それ以上に、慣れない小説にご意見ご感想等コメント頂けましたら、泣いて喜びます!!(リライトも辞さない所存です)
機会があれば、浩介の過去の恋愛や、千鶴の過去のエピソードも書いてみようかな・・・と存じます😌🥀
また、次の記事でお会いしましょう!!
🌟Iam a little noter.🌟
🩷