
神々が降りる島〜ラムネ炭酸寝顔|#たらはかに様
たらはかに様のnoteを拝読。
↓ ↓ ↓
カタカナ苦手だし。簡単なお題が欲しいようぅ。助けてたらえもーんという皆様にはこちらの裏お題を。
【ラムネ炭酸寝顔】
ショートショートではないのですが、
#ラムネ炭酸寝顔というお題にインスパイアされて、短篇小説を編んでみました。

神々が降りる島〜ラムネ炭酸寝顔

波影がきらきらと光をまき散らして、透明度の高いこの海は、ブルーキュラソーのカクテル宛らだった。
透羽子は、ウインドサーフィンのボードの上に横たわり、柔らかな太陽を浴びて、瞼を閉じた。
永遠に繰り返す波の音。遠浅の海の上に広がる大空には、白く輝くかすかな雲。
―――もう、秋が、始まりかけていた。
「透羽子ちゃん」
ややうとうとし始めたとき、少し離れた波間から、セール(帆)とブームエンドを操って、太田がゆっくりと滑るように透羽子に近づき声をかけた。
太田は、数年前からウインドサーフィンを教えてくれているインストラクターだ。
―――
最初は友だちと旅行で来て、アクティビティの一環でウインドサーフィンに挑戦した。そしてこの島の海と風の心地よさに、透羽子だけすっかりはまってしまった。
ひとりで毎年シーズンになると、夜行バスとフェリーに乗って島へ渡って来る。お陰で、少しずつ上達し、太田につきっきりで教えてもらわなくてもウインドサーフィンを楽しめるようになってきた。
―――
「ちょっと休憩しようか。あの岩場へ着けよう」
「はい」
透羽子はボードの上に立ち、マストを中心にしながら綱で引き上げ、右手にブームを持って風をとらえた。
・・・1,2,3,・・。手順どおり。
何度も何度も、太田から丁寧に教えてもらった、大きな蝉の翅のようなセールの扱い方だ。
ーーー
黒くごつごつした岩場に着いた。
そこは扇型に開かれた渚の端にあって、透羽子が一度も踏み入れていなかった場所だった。二人ともボードを流されない場所に置くと、太田が岩場の奥まで俯きながらあちこち歩いて、何かを拾って戻ってきた。
「透羽子ちゃん、これ・・・」
そう言って、拾ってきたものを石の上にのせ、手近な別の石で打ち付けた。
中身を手のひらにとんとん、と出し、
「美味しいんだよ。食べてごらん」
手を差し出した太田の笑顔は、日焼けして歯だけ真っ白だった。太陽を背にして、後光で輝いているように見えた。
それは割られた海胆で、棘の付いた殻から、オレンジ色のとろけた中身が手に零れていた。
穏やかな声に透羽子も笑顔を向けた。そして、太田の手のひらの海胆を、何気なく唇を寄せながら吸い取った。
(あ・・・)
これは、余りにも無防備だ、と透羽子は気がついた。如何に太田が、従兄弟のように近しい存在であっても・・・。
「ね、天然物は違うよね?・・・でも、こういうことは内緒だよ」
透羽子の戸惑いを他所に、太田は飽くまでも屈託ない笑顔を変えなかった。
(やっぱり、良い人だな・・・)
透羽子は、素朴な離島で育った彼をしみじみと見直し、恥ずかしさを隠すために、午後の傾きかけた日が照らす海へ視線を移した。

この島へ来て、驚いたことは幾つもある。
砂浜から遠く離れたとき、ボードから海に落ちて(ライフジャケットで浮くのだが)、足がつかず水底を覗き込んだ。まだ遠浅が続いているのかと思ったら、それは透明度が高いから、深くてもそう見えないのが分かった。
マリンスポーツの事務所にいる島の人に、海の綺麗さに感動したことを話すと、
「此処より、上の離島はもっと海が綺麗で透けてるよ」と言われたのだった。

また夜、ごはんに連れて行ってもらったとき、地元の居酒屋で「いるか」が食材として出てきた。
「グラン・ブルー」をレンタルで観ていた透羽子はかなり怯んだ。
その様子に気付いたのか、カウンターの中からマスターが説明した。
「そのいるかはね、沖から浜辺へ来て打ち上げられたんだよ。
偶に、・・・年に何回か、何故かそういう向こう見ずのいるかが来るんだ。沖へ戻らないのさ。
そういうときは、こうやってお店に出すんだよ」と。
当時は、何となくその説明に納得した気分になって食べた。鶏肉のような味だった。
今となれば分かる・・・いるかを地元の店が引き取って皆で食すのは、ひとつの「おとむらい」の形なのだと。
その島は、自然と人間の距離が近いのだった。

シルバーウイークが残り少なになり、
そろそろ帰ろうと思っていた。ツアーではないので、日程は休暇中なら自由だった。
ウエットスーツを着れば、秋風が吹いても寒さは感じない。けれど、波が次第に高くなり、ボードに立つのが難しくなってきたのが、帰る要因のひとつだった。
太田が、着替えてきた透羽子に声をかけた。
「透羽子ちゃん、このあと少し空いてる?」
ごはんのお誘いかな、と思いながら答えた、
「はい、大丈夫です」

車に乗せてもらい、着いたところは島の最西端だった。駐車場から道を上がり下りして、断崖絶壁に建っている白亜の灯台までたどり着いた。
見晴かす大海原、とはこういうことかと思い、言葉を失った。
「これが・・・東シナ海だよ。此処の崖は、東シナ海の荒波が削ったんだ」
太田は透羽子の顔を見ずに、海と空の境目あたりを目を凝らして見ていた。
何故か波の音は聞こえず、風が草木をざわめかせる音だけがあった。
二人で、灯台の周りをぐるりと歩いた。透羽子はこのまま、ずっとこの島に居たいと思った。
(・・・まだまだ、
知らないことがあり過ぎるわ・・・)
―――
ほとんど何も喋らなかったが、太田が先に立って道を引き返しながら、ふと振り返って言った。
「灯台を見るための展望所、というのがあってさ」
透羽子は、坂を上がりつつ頷いた。
「そこでは、群島も見えるんだ・・・」

展望所に着いた。透羽子が息を整えているうちに、釣瓶落しに黄昏どきを迎えた。
黄金色の、途轍もなく大きな波の鏡面・・・
神々の恵みが光となって、うねりながら照り映えていた。
太田の言う群島も、先刻訪れた灯台やそこに至るまでの崖の稜線も、黒ぐろとしたシルエットになっていた。
先刻眺めた大海原は、まだちっぽけなものだったと知った。
「太田さん・・・」
呼ばれて、太田が透羽子に向けた眼差しは、“慈しみ”に近いものかもしれなかった。
「今年も、この島のことを色々教えてもらって、嬉しいです・・。
また来ます」
(私を)待っていて下さい、とは続けて言えなかった。
自分の心が、島を愛しているのか、それとも太田を愛し始めたのか、まだ判然と輪郭が見えないのだった。
【fin】
▶Que Song
やわらかい月/山崎まさよし

🌹おまけ🌹
五島観光に。映画「悪名」のロケ地です。
▶大瀬崎灯台
大好きな五島列島 福江島を舞台に短篇を創作しました。
気が向いたら続篇を綴ってみます🥀
🌟Iam a little noter.🌟
🤍