夢の切符 〜煌びやかな世界への道〜
夢のようなローマの旅を終えて帰国した小僧は、ふと我に返って考えてみることにした。
ストーリーを作る仕事の艶かしいほどの煌びやかな光が脳裏に焼き付いて離れない。
小僧は、ストーリーに恋をしたのだ。
どうにかして、あの世界へ辿り着かねばならない。
とはいえ、どうやって?
ローマの旅は、偶然から生まれたぼた餅が、幾つもの奇跡を経てたまたま小僧の口に入っただけのアクシデントだ。
今のままならいつか良い思い出として友達に語るおとぎ話と変わらない。
昔々あるところに、小僧がおったとさ。。。
それは、嫌だ。
あの世界に辿り着きたい。辿り着くんだ。
元来、頑固で思い込みの激しい性格をしていた小僧は、いつしかストーリーのことばかり考えるようになる。
そんなある日、また唐突に電話がなる。
電話の主は、例のワイデン+ケネディ東京のイケメンだった。
彼は、小僧よりも一つ年上だが、すでにストーリーの世界の住人である。
「小僧、今度また仕事手伝ってよ。」
「はい!いつでも。」
「じゃあ、〇〇駅で集合ね。」
イケメンは、電話もイケメンで、小僧に選択肢など与えない。こちらの都合には合わせてくれない。小僧が断れば別の誰かに電話をするだけなのだ。
だが、小僧にとっては、不意に天から降りてきた一本の蜘蛛の糸だ。
掴めるか、は問題ではない。せめて足掻いてみよう。
待ち合わせの日。
〇〇駅前で心臓をバクバク言わせながらイケメンを待っていると、駅とは逆の道路から声が掛かった。
「こっちこっち」
純白のBMWの運転席からイケメンが現れた。
江口洋介のような長髪をなびかせて、レイバンを外しながら満面の笑顔で手を振る。
「トレンディドラマか・・・。」
助手席に乗せてもらった小僧は、行きの道のりは、生まれて初めてのる外車の助手席に緊張しっぱなしだった。
しかし、現場で色々手伝いをしているうちに、我に返る。
イケメンに話を聞くためにここにいるんだ。緊張とかいう都合の良い言い訳をしている場合じゃない。誰も助けてくれないんだ。
帰りの道で、小僧は生まれてから溜め込んできた全ての勇気を振り絞って、イケメンに聞いてみる。
「この世界は、楽しいですか?」
「めっちゃ楽しいよ。」
「どうやったら入れますかね。。。」
「え?代理店入りたいの?」
「はい!」
「うーん、そうだな。まずは、電博(電通、博報堂)みたいなドメ(ドメスティック・日系)か、外資かで全然違うからね。どっちは入りたいの?」
「全然違うんですか?」
「違うね。同じ職業じゃないね。別の業界。」
「え?だったら、もちろん外資に入りたいです!」
「そっか、小僧、英語イケるの?」
「えっと、、、全く、、、です。」
「そっかー、それだと厳しいかもね。」
「やっぱり厳しいんですね。。。」
「ま、でもドメに入って外資転職するのもありだから。がんばんなよ。」
かなり偏った若い外資系代理店マンのイチ意見である。
だが、20年以上経った今でも、この時のイケメンの言葉は真実だと信じているし、この言葉をくれた事に感謝をしても仕切れない。
イケメンのこと言葉が当時の小僧の唯一のみちしるべだったし、その唯一の道をだとって、今にたどり着いているのだから。
経験を詰んだ大人であれば、もしかしたら違ったかもしれないが、当時の小僧は何も知らないただの小僧である。
脳天をハンマーで思いっきりぶっ叩かれた。
「そうか、英語が使えないと、あの世界には辿り着けないのか。。。」
経験を積んだ大人であれば、もしかしたらそこで諦めるのかもしれないが、当時の小僧は何も知らないただの小僧である。ただし、頑固で諦めが悪かった。
「よし、まずは英語を習得しよう。」
「英語を勉強するにはどうすれば良いか?」
「・・・。」
「・・・。」
「よし、留学しよう!」
経験を積んだ大人であれば、もしかしたらもっと堅実で現実的な方法をとったのかもしれないが、当時の小僧は何も知らないただの小僧である。短絡的かつ大胆な発想が唯一の手法だと信じていたのである。
この頭の悪い短絡的で後先のことなど微塵も考えていないバカの極みのような発想で、小僧は留学を決意した。
そこから先は、ひたすら地べたを這いつくばる日々である。
何者でもなかった小僧は何も持ち合わせていない。あるのは暇だけ。
バイトをし金を貯め、1年経った頃にようやく留学に行ける目処がたった。
そして小僧は、ロンドンへ飛び立った。
なぜロンドン?
単純にサッカー小僧だったのでプレミアリーグへの憧れと、ちょうど留学に行ける目処が経った頃に9.11という衝撃的な事件が起き、アメリカが選択肢に入らなかった、というだけの理由である。
英語発祥の国イギリスのロンドン。
半年間。
3ヶ月のホームステイ+と残り3ヶ月のまだ未定。
現地の語学学校は6ヶ月。
小僧の全財産を注ぎ込んでもギリギリである。
これを払ったらもう何も残らない。
だが、小僧には夢があった。
あの煌びやかな世界に続く唯一の道なのである。
その道へ踏み出すための切符を買うのである。
今でも人生で一番価値のある買い物をしたと思っている。
当時の小僧は何も知らないただの小僧だった。
何も持っておらず、何者でもなく、周りの同級生と比べても落ちこぼれの極みのような存在だった。
それでも井戸の底でいつか羽ばたく大空を夢見ていた。
なぜか前向きに、何の根拠もない夢を持ち続けていた。
今考えても当時の小僧には尊敬と感謝しかない。
よくやってくれた。とても凄いことだよ。と。
小僧のロンドンライフへとつづく。
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