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悪魔の子




昔々、戦争真っ只中。

鍛冶屋の娘であるその少女は、
親の顔は知らず祖父との2人で店を営んでいた。
街1番の鍛冶屋で、さらに美人。
おまけに、頭脳明晰であったため、
街の人々からの信頼は
とても厚かった。

"姉ちゃん!昨日はありがとなぁ!助かったよ!"

"おじさん!またなんでも作るから、いつでも待ってるよ!"

歩くたびにこんな具合で声をかけられる。
幸せだった。

しかし、一つだけ気がかりなことがあった。

少女には愛する人がいた。

戦場で暮らす彼との手紙のやり取りは、
今日送られてきたこの手紙で
156枚目となる。

"今日は17人だけ死にました。少ない方です。
状況は悪化するばかりです。辛い。
こんな情けない僕でも許してくれますか?
死にたくない。会いたい。愛してる。"


「死にたくない。」


愛する彼のその言葉に少女は、
彼のためにあるものを作ることにした。
返事と一緒に送るのだ。
彼のことを守ってくれる、あるもの。

4日は寝ずに完成させた。
すぐに手紙と同封し、送った。

戦場の状況が悪化したのは
それから2日経ってからだ。

手紙が届いた。

死亡通知書だった。

死んだのだ。
彼はそれを受け取らずに死んだ。

彼が最後に送った文章は、彼の中では
宙に浮いたまま、彼は戦場で怯えながら死んだ。


違う手によって封を開けられたそれを
政府は放っておかなかった。
彼女のもとに一通りの政府関係者が訪れ、
彼の死に浸る余裕もなく、
今後の戦争のためと量産の話をされた。

"あなたが考えたこれは素晴らしい"
"1億円でどうでしょうか?"
"我が国が戦争に勝てるようにするためだ"

政府は金と名誉の話しかしない。

「私が作ったのはそういう理由じゃありません。」

この一言が少女には言えなかった。
1億円で揺らいでいた。そんな自分が情けなかった。
悔しかった。でも同時に、自分が作ったものに
価値を見出せて誇らしかった。

彼のような人を1人でも減らせるよう、
身を守るため
という前提のもと、量産の許可を下した。


量産されたそれは、
たちまち皆の手元に回るようになり、
身を守ると誓約を定めたことも廃り、
それを使って殺人が起こるようになった。
日々が戦争と化していった。
もはや、安全な場所などなかった。



いつだって最善の選択。
そのはずだった。でも違った。
全てが狂ったのは、あの男のせいだ。
あんな男を愛さなければ、
私は今頃きっと幸せだった。そうに違いない。

それまで彼女を慕っていた住人も掌を返し、
彼女を肉体的にも精神的にも追い詰めた。
少女は彼のために作ったそれを鞄に詰め込み、
家を出た。

湖についたところで限界を迎えた。ここは静かで心地が良かった。湖の水を飲み。遠くを見つめながら、久しぶりに冴え渡る脳みその奥で、考えた。
それから少しして、解放感と恐怖を噛み締めた。
音がした。彼女には聞こえなかった。
彼女の顔は朗らかであり、どこか寂しそうで、憎らしさと愛らしさを持った表情だった。

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