学校に行く時間を過ぎてもまだ寝ている秋(しゅう)を起こしに行くところから柊(ひいらぎ)の1日は始まる。 寮の隣の部屋同士のため、何かとだらしない秋のお世話係として名指しされることが多い。 今朝も食堂のおばちゃんに、余っている朝食は誰のものかと尋ねると秋くんのものだから、起こしてきてちょうだいと言われ朝食を取る前にこうして仕方なく秋の部屋の前に立っている。ドアを開け、幸せそうに眠る秋に呼びかけた。 「秋〜おきて。朝。」 「おーい。」 「おい、起きろ。」 なかなか起きないため
僕のお母さんはみんなのお母さんよりも少し歳をとっている。 でも、僕のことをとても大切にしてくれたんだ。雨の日も風の日もずっと一緒だった。僕が怪我をした時、お母さんは暖炉の前で「すぐに治してあげる」と言うと、ほんの少しの時間で何事もなかったみたいに治しちゃうんだ。魔法みたいにね。 でもお母さんは死んじゃった。 僕は袋に詰められて、違うところに連れて行かれた。そこにいたのは、僕と同じくらいの歳の子だった。その子は僕を部屋の隅に追いやって全然遊んでくれないんだ。 その子は長年僕
階段 傘 花 恋人と喧嘩をした。 ついカッとなってしまったのだ。家にいるのも落ち着かず早めに会社に行くことにした。早朝出社をする日に限って雨が降る。電車はいつもより空いているから良いのだが、なんと言っても傘が邪魔だ。普段身につけないものを持っていると、うっかり忘れて電車の中に置いてきてしまいがちだ。これだから、傘をこだわって買うのは勿体無いと思ってしまう。 向かいの窓の外に流れていく風景をぼうっと見ていた。トンネルに入り、見ていた風景からの自分の姿に切り替わると、寝癖に気づ
僕はかっこいい。所謂イケメン。 僕は僕のことが大好きだし、 ママも僕のことが大好きだ 僕の友達もみんな僕のことが大好きで 僕が言うことを否定する人なんていない。 心理学も少々学び、 人を動かすのは得意だ。 もちろん女に困ったことなんてない。 この顔で自分の周りの女は大体イケる。 「そんなことないです。そんな、カッコよくないです。お世辞はやめてくださいよ。」 こう言っておけば、大体通用する。 誰がどう見ても、内面も外面も完璧に演じている。 完璧に演じてる。 今あそこで女子
昔々、戦争真っ只中。 鍛冶屋の娘であるその少女は、 親の顔は知らず祖父との2人で店を営んでいた。 街1番の鍛冶屋で、さらに美人。 おまけに、頭脳明晰であったため、 街の人々からの信頼は とても厚かった。 "姉ちゃん!昨日はありがとなぁ!助かったよ!" "おじさん!またなんでも作るから、いつでも待ってるよ!" 歩くたびにこんな具合で声をかけられる。 幸せだった。 しかし、一つだけ気がかりなことがあった。 少女には愛する人がいた。 戦場で暮らす彼との手紙のやり取りは
覚えている1番古い記憶は、母親からのこの言葉。 全身の血の気が引いたのを覚えている。 当時小学生の私にとっては、耐えきれない言葉の重みだった。 私のこと好きじゃないの? 後悔してる? 私なんか産まなきゃよかった? 聞きたい気持ちは、喉の奥の熱さで膨張し分からなくなり後頭部をシュクシュクとさせた。 「そうなんだ」 そう笑って見せた。 そこから私は親の期待に応えるために生きた。 生きた。 1位をとると、 「調子に乗るな」 1位以外を取ると、 「どうせお前は何もできない。」