傘
階段 傘 花
恋人と喧嘩をした。
ついカッとなってしまったのだ。家にいるのも落ち着かず早めに会社に行くことにした。早朝出社をする日に限って雨が降る。電車はいつもより空いているから良いのだが、なんと言っても傘が邪魔だ。普段身につけないものを持っていると、うっかり忘れて電車の中に置いてきてしまいがちだ。これだから、傘をこだわって買うのは勿体無いと思ってしまう。
向かいの窓の外に流れていく風景をぼうっと見ていた。トンネルに入り、見ていた風景からの自分の姿に切り替わると、寝癖に気づいた。なんともないような顔をしてさっと手櫛で整えたところで、降りる駅のアナウンスが耳を刺した。
雨は止んでいた。傘は電車内に忘れてきてしまった。これで何度目だろうという後悔から、また買えば良いと切り替えるスピードは、無くした回数と比例して早まっている。
会社に行く途中、一つ橋を通る。その橋は静かな川を囲むように両側が桜並木となっており、お花見の名所でもあった。今朝の雨で花が落ち桜の花でできた川のようになんとも神秘的な光景だった。その桜の川には似合わない赤黒く染まった、だらしなく横たわるそれを確認すると、俺は後悔した。そう思ったのは一瞬だった。
「また新しいものを手に入れれば良い。」
そう心の中で呟き会社に向かった。
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