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ワルシャワ冬日記 クリスマスツリーを飾る 2024年12月22日

朝食時、夫が義母を泣かせた。食卓を囲んでいると猫たちがおこぼれをもらいに足元へやってくる。調味料の付いていない、猫が食べても大丈夫なものは小皿にとってあげたりするのだが、今日の朝食メニューにはあげられそうなものがなかったため、おととい食べた残りの魚をほぐして鼻先に出してみたものの、お気に召さなかったのか一口二口で食べるのをやめて去ってしまった。去り行く茶トラの背中に義母が間違えて、この間急に亡くなってしまった黒猫の名前を呼びかけた。黒猫は魚が好物だった。黒猫なら綺麗に平らげただろうに、と続けた義母に向かって夫が「名前を間違えないで、あの子は黒の代わりじゃないよ」と諌めた。おいおい、まずい言い方をしたなと内心冷や汗をかいたが案の定、義母は俯いてポロポロと涙を流しながら席を立ってしまった。片目を失くして瀕死の状態だった黒を拾ってきて看病して十数年、義母の猫、という形容がぴったりな、いつも義母の隣に陣取っていたあの子がもういないのは、みんな寂しい。
夫に非難の目を向けると、「謝るべき?悪いこと言ってないと思うけど」「一言ごめんねは言っていいんじゃないかな、思い出しちゃって悲しませたのは確かだし」「思い出すことは悪いことなの?」「そうじゃなくてさ…」
話しているとトイレで顔を洗ってきたであろう義母が食卓に戻ってきた。男性陣は沈黙し黙々と食事を続けている。お前ら…と思いながら、隣の席に着いた義母の背中を撫でつつ、夫に悪気はなかったよ、みんな彼のことを恋しく思ってるよ、寂しいよね、たまに黒いブーツとか置いてあると彼と見間違えちゃってさらに寂しくなってるよ、などと伝えたら「わかる」と笑いながらもさらに号泣させてしまった。慰めるつもりだったが悪手だったか、いやでも、ここは共感を示すべき場面だったはず、などと思いながら私も泣いた。猫がいなくなるのは寂しい。

今日はクリスマスツリー、ホインカの飾り付けをしよう、ということになった。毎年義母はクリスマスツリーのテーマカラーを決める。赤と金とか、青と銀とか、白と紫、とか。今年は単色二色ではなく、昔ながらのカラフル路線で行こう、という話になった。ツリーに吊るす丸いオーナメントは、ポーランド語でボンプキ(bombki)という。この家にあるカラフルなボンプキは義母の子供時代、夫の子供時代の古いもので、今回初めて見た。素朴な絵付けが味わい深い。

ここにある箱全てツリーのための飾り。
色ごとに仕分けされている。
共産主義時代のボンプキ。
昨日買ってきたモミの木を定位置に設置。
夫と二人で2時間ほどかけて完成した。

義父が、「やっぱ最近の2色だけ、とかよりこういう色んな色で飾ってる方が好き、落ち着く」と嬉しそうにしていた。いつもならこれでリビングの飾りは終了だが、今年は義母が階段の手すりとカーテンのところにも電飾をつけたいと新しいものを買っていた。

トナカイ型の電飾
食卓横のカーテン周りも飾られた。

色々設置していると、普段クールでドライなハチワレ猫が落ち着きなくソファをバリバリしたり、おもちゃでひとり遊びを始めたりした。どうしたんだろうあの子と聞くと夫は「ああ、楽しいってこと」と答えた。その言葉通り、このカーテンレールに引っ掛けるライトを準備していると、垂れたその先でわちゃわちゃと遊び始めた。これは猫と暮らす醍醐味ですね、と染み渡る喜びがあった。猫もキラキラした飾りにテンションが上がるんだな。
一通りの飾り付けを終えて部屋に戻ると、義母が机の上に小さなホインカ型のランプを置いてくれていた。

ちょうどいい明るさ

この時期、道を歩けばあらゆる窓からこうした飾りや光を見ることができる。こちらの人々はカーテンをあまり閉めない。垣間見える温かな光に照らされた空間に、その部屋に住む人々の息遣いを感じて、人間っていいなあと大袈裟なことを思ったりする。


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