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めじろ観光バスツアー「新入社員」篇#7

桜がふわりふわりと舞う道路。
春もうららな日差しの中、めじろ観光バスは渋滞気味の道路をゆっくりと進む。
頬杖をついて座席に座っているガイドさんは、退屈そうにため息つく。

ガイド「進みませんね」
運転手「進みませんねぇ」
おっとりとした声。

ガイドさんはもう一度ため息をついて、窓の外に目をやる。
樹木の下にふと気になる姿。
明らかに着こなせていないスーツの若い男性が、花壇に腰掛けている。
気になるのはその様子で、肩を落としてうつむいて座っていたかと思えば、なにかを思い直したかのように立ち上がる。少し歩き出したかと思えば、また花壇に崩れるように座る。
目的を持ってさっそうと歩く人々の中、明らかに異色を放っていた。

ガイド「運転手さん、」
運転手「またですか?また怒られてしまいますよ?」
台詞はたしなめているものの、その口調は聞かん坊の孫をいなしているようでもあった。


ガイド「こんにちは」
若者「はい?」
顔を上げた若者は、突然目の前に現れたバスガイドの姿に固まる。

若者「あの、ボクはなにも予約していませんが」
ガイド「いいんですいいんです。さ、行きましょう」
女性と思えぬ力で腕をつかまれ、いつの間にか停車していた観光バスに乗せられる。

若者「あの、ボク、これから行かなきゃ‥」
ガイド「どこへ行くというんです?」
ガイドの見透かしたような言葉に、口をつぐむ。

若者「‥ボクはどこへ行けばいいんでしょう」
ガイド「ね?さあ、出発しますよ!運転手さん、お願いします」
運転手「はい」
ドルドルと響くエンジン音に、少しの恐怖と、どうにでもなれという捨て鉢な気持ちもわいてくる。


座席で窓の外を眺めながら、若者は思い出す。
周りとうまく合わせられず、仕事でミスが増えた。上司にあたる人間は、気分でものを言うことが多く、みんなの前で強く叱責されることもあった。
そのうち、朝に起きれなくなった。
力を振り絞って会社の最寄駅まで到着しても、どうしてもそこから先に進めなくなった。
その状態を、ガイドに目撃されたというわけだ。


物思いから我に帰ると、広い公園のフェンス沿いにバスは走っている。
その公園には、桜並木のしたでサッカーをしている少年がいた。
「あれ‥昔のボク」
少年は決してサッカーが上手いわけではなさそうで、時々力いっぱい空蹴りしたり、転げたりしている。
それでも頬を紅潮させて目を輝かせてボールを追っている。
「ボクにも、あんな時があったんだ」

ガイド「あの少年は、今でもあなたの心の中にいますよ。あなたが思い出してくれるのを、待っています」
若者「ボクの中に‥」


ーーただ楽しかった。
ボールを追いかけているだけで幸せだった。こけても失敗しても、サッカーをしていることが喜びだった。それだけでよかった。
若者「‥ボクが、ボク自身をあきらめていたのかもしれないな」
ガイドさんは、なにも言わず若者の肩に手を置く。


バスは、また走り出す。
若者はにじむ目をこすり、ボールを夢中で追いかける少年を見送る。

あの子が自分の中にいてくれるなら、またがんばれそうだ。と思いながら。



#めじろ観光バスツアー
#小説
#眠れない夜に
#短編

バスガイドさんと運転手さんが、あなたを「必要な場所」へ連れていってくれます。会えるかどうかは、そのときしだい‥



(ちなみにガイドさんは安藤サクラさん、男は SixTONES髙地優吾さん、運転手さんは竜雷太さんをイメージして書いています)

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