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めじろ観光バスツアー「夏」篇#6

「あっちぃ」
〇〇は、申し訳ていどに腹にかけたタオルケットを足で蹴飛ばす。開けた窓からはそよとも風はふかず、微動だにしないカーテンが憎らしい。

エアコンの風がどうにも苦手で、極力つけないようにしているのだが、こうも寝苦しいとつけるべきか、悩む。
身を起こしてしばらくぼんやりしてから、水を飲みにキッチンへ向かう。
パンツ一丁で動いたところで、ひとりで暮らしているからなんの気遣いも必要ない。

勢いよく蛇口から水を出し、コップから一気にあおる。

口をぬぐいながらテレビをつけると、昼過ぎのニュースは海開きの話題を伝えている。ご丁寧にアナウンサーは、海水浴客をつかまえてインタビューしている。
波の音と嬌声がひびく画面に、もれなく楽しそうな人々が映る。チャンネルを変えると、今度はワイドショーがこの夏おすすめの旅行先を案内している。

〇〇は大きく舌打ちをして、力いっぱいリモコンの切ボタンを押す。
手にしたスマホに届いているのは、セールの案内とアプリのアップデートのお知らせくらいだ。〇〇はスマホをソファに投げ捨てた。

静かになった部屋に、突如インターホンの音が響く。
「うおっ」
思わず声に出して驚く。なにしろ、めったに人は訪れてこないのだ。

恐る恐るドアスコープを覗くと、向こうからも覗いているのか、大きな鼻とずらりと並んだ歯が見える。たぶん、笑っている。
「ひぇっ」
〇〇はドアから飛び退く。


「こんにちは!」
聞こえてくるのは、元気な女性の声。
「お届けものです。あなたに」
言い回しが気になって、ついドアを開けるとそこには。

いかにもバスガイドといった青い制服と帽子、ご丁寧に旗まで持っている。そしてにっこりと笑っている。
とてつもなくけげんな顔の〇〇と、精一杯の笑顔のバスガイドの間に、蝉の声が通り過ぎてゆく。

「あなた、夏は嫌いですか」
「は?はぁ‥」
「そうですか。夏もそんなに悪くないですよ!これを、どうぞ」

そう言って渡されたのは、一輪のヒマワリ。

渡されたヒマワリを手の中で転がす。ちくちくとした仄かな痛みが、夏の記憶を思い出させる。


スイカにかけすぎた塩。
孵化に失敗したクワガタ。
道でひっくり返って、突然鳴き出す蝉。
みんなで行った市営プールの帰り道のアイス。
遠い夕焼けと、汗をかいたあとのけだるい夕飯。

いつの間に、価値があるものとないものをわけるようになったのか。役に立つものと立たないものをわけるようになったのか。

ふと顔をあげると、そこにバスガイドの姿はなく、ただ蝉の声が響くだけだった。

〇〇はさっき飲んだコップに水をためて、ヒマワリを差した。水滴が日を映してきらめく。
なんとなく心が満たされた気がした。


#小説
#めじろ観光バスツアー
#眠れない夜に

バスガイドさんと運転手さんが、あなたを「必要な場所」へ連れていってくれます。会えるかどうかは、そのときしだい‥

(ちなみにガイドさんは安藤サクラさん、男は SixTONES髙地優吾さん、運転手さんは竜雷太さんをイメージして書いています)

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