夢想堂、春夏冬中【英二の願望】①
夢想堂は、健太郎くんの一件があってから少し活気が薄れたように感じる。
それは、ビデオ制作の依頼が無いことと、あれ以来翔太さんが一切顔を出さなくなってしまったことにも帰来しているかもしれない。特に英二さんの元気のなさは別格だった。
満さんの話によると、翔太さんと英二さんは同郷で幼馴染み。まず翔太さんが大学進学のために上京。一年遅れで英二さんも進学のために上京した。
翔太さんは幼少期から映画監督になることを夢見ていたらしく、佳代さんの父親である白澤佳祐監督を慕って同じ大学の映画学科を専攻した。
そんな大きな夢を持つ翔太さんの姿をずっと横で見てきた英二さんも、いつしか映像の世界に浸りたいという願望を抱いた。しかし、受験に失敗し一浪までは許してくれた親に、現実的な選択を迫られ、映像とは全く関係のない大学を選んだ。それでも、高校時代に翔太さんら友人と活動した映画づくりの中で経験した、演じるということを忘れることができなかった。どんな形でもいいから、演じていたい。そう思い続けていた。
「だから英二は、本音を見せねぇんさ」
満さんは、持ってきたカップ酒の蓋を開けて言った。そして、一口ゴクリと飲んだあと、再び言葉をつないだ。
「明るく振舞ってるけどよ、ほんとは怖くてしょうがねぇんだよ」
「怖い? 何を怖がっているっていうんです?」
「悪いな、これ観れるようにしてくれよ」
満さんは、今度はSDカードを差し出した。
「あ、はい」
僕は毎週土日、夢想堂でバイトを始めていたので、満さんに言われるがまま、ビデオを観られるようにした。
「生きることにさ。英二は、コンプレックスの塊みたいな奴なんよ」
「そうは、見えないですけど」
満さんは僕の顔をチラッと見たあと、カップ酒を口へ運んだ。
「長く付き合っていれば、自然と見えてくるんだよ」
満さんが【ミーちゃんの記録】を鑑賞し出したところで、“カロンコロンカラン”とドアベルが鳴った。
「満さん、悠くん、戻ったよ」
と、佳代さんの声が店内に響いた。
「翔太の仕事も任されて、たまったんもんじゃないよ」
英二さんの声が続いた。
「あんなこと言ってるけど、ほんとはうれしんだ」
満さんは、視線をテレビから外すことなく呟いた。
僕は、満さんが分析した英二さん像が、少しわかったような気がした。
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