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《連載ファンタジーノベル》ブロークン・コンソート:魂の歌声

前回

8.脅威ー(5)

 ジミーとスザンナが連れてこられたのは、ニューヨークのクラブではなく、ネビル・ピアース大統領が主催するホワイトハウスのコンサート会場だった。
「どう? 最高の舞台でしょ。大統領の前でニューヨークと同じように二人で、ここで歌って欲しいのよ」
「現政権下のホワイトハウスで、歌っていいわけ?」
「ええ、お願い」
 スザンナは母クリスタに懇願されたことなど、今まで一度もなかった。不思議な感覚だった。もう、お互いの誕生日すら覚えていない親子だというのに、母クリスタに『私のために歌って』と懇願されている。ほんの少しだけうれしかった。
 スザンナ親子とジミーが会場に到着すると、歓喜と驚きの入り混じった声が会場内に響いた。
「クリスタ・ウィルソンが到着しました。そして、クリスタのうしろに控えているのは?」
 クリスタと一緒にスザンナとジミーは舞台に立った。ピアース大統領をはじめとする客席にいる全員が、ジミーに照準を合わせている。クリスタはマイクの前に立つと、貫禄のある声でジミーとスザンナを紹介した。その声は、あきらかに彼女の作品の声と違っている。ほとんど生の声を聞かせることがなくなったクリスタの声。これがAI技術のなせる業なのかと、スザンナは納得した。
「みなさん、彼らは一体何者なのかと思われたでしょう? 私の横にいるブロンド美人は、私の娘スザンナ・ミッシェルです」
 クリスタがスザンナを紹介すると、一段と会場がどよめいた。
「あのスージーが、こんなに大きくなったんですよ」
 クリスタの言葉に、スザンナは言い知れぬ怒りが込み上げた。母は私のこの十二年という歳月を知らない。どんな思いで生活してきたかなど、心の片隅にも置いてくれなかった。それなのに、なぜこんな言葉を並べられるのか、母クリスタの真意が測れないスザンナだった。
「そして、スージーの隣にいるのが、彼女がマネージメントをしているシンガーソングライターのジミー・オステルマン。今日のニューヨークでの奇跡をみなさんもお聞きになったでしょう? 彼らが起こしたものなのよ。今夜、ここホワイトハウスでも、その奇跡を起こしてもらうために私が強引にお連れしました」
 舞台上からでも母クリスタの恋人と言われるホワイトハウス広報官のダニエル・シュナウザーの困惑した顔をスザンナは確認することができた。
「では、スザンナ。あなたに託したわよ」
 そう言ってクリスタは、スザンナに微笑みかけた。今日のクリスタは、どうしたのだろう。
「罠じゃないよな」
 ジミーはスザンナに、そっと耳打ちした。スザンナからの返事はなかった。
「ここまで来たからには、やるしかないってことだ」
〝政権をひっくり返すほどのパフォーマンスを見せつけてあげましょうよ〟
 と、スザンナは挑むような眼差しをジミーに送った。ジミーもそれにこたえるかのように、熱い視線を返した。
 スタンドマイクを挟んで、ジミーとスザンナは向かい合った。ジミーは手にしていたスマートフォンの画面をタップしてメロディを流す。ラジオ局で流れた曲が流れてきた。ジミーはラジオ局で歌った時より、明らかに音域を変えて歌い出した。スザンナは一瞬戸惑った風だったが、すぐに追いついてきた。
 クリスタは、ジミーとスザンナがいきなり手札を変えてきたので驚いた。今度はどんな呪術を使ってくるのか楽しみだったが、彼らに対抗する術が思いつかないのも事実だった。
「君は何を考えているんだ。なぜ彼らをここへ連れてきた」
 クリスタはシュナウザーに腕を掴まれ叱責された。
「ダニエル・シュナウザーともあろう人が、若い二人を恐れているの?」
「何を言う」
「恐れていなのであれば、聴いていなさいよ」
「見てみろ! みんな催眠状態に陥っているぞ」
「光りも通さない黒水晶〝モリオン〟シュナウザーなら、こんな魔術も除けられると思ったし、ジミーって子の手の内を知りたかったんじゃないの? だから、連れてきたのよ」
 シュナウザーは反論できなかった。それもそのはずで、彼の身体は弛緩しかけていた。
「クリスタ、早く二人を会場から連れ出せ!」
「ごめんなさい。私も身体が動かないわ」
 ホワイトハウス内のコンサート会場が、まるで雲の上にあるような一面霧のような煙に包まれている。
 そして、天井一面に七色の虹が広がっていた。

                              つづく


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