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夢想堂、春夏冬中【健太郎の夢】①

前回

「で、時間あります?」
 佳代かよさんが、唐突に聞いてきた。
「はい?」
「これから2時間ぐらい、お時間いただけません?」
「はぁ~、2時間ぐらいなら、いいですよ」
 僕がそう答えると、佳代さんはニッコリとほほ笑んだ。そして、黒の詰襟に半ズボン姿の健太郎少年へ顔を向けて言った。
「ヒーローになってくれるって」
「ヒ、ヒーロー?」
 唐突に時間があるかと聞かれ、さらにヒーローになれと言われ、僕は混乱した。ただ単に、絶版になったビデオを借りに来ただけというのに。
 
 それから僕は、まんさんの【ミーちゃんのアンヨ記録】鑑賞会が終わるまで、レジスター横のパイプ椅子に座って待たされていた。
「満さん。この記録、またDVDに落としておくから、彼を案内して衣裳に着替えてて」
「お。兄ちゃんは初めて見る顔だね。初回からヒーローは、目っけモンだぜ」
 満さんは大口を開けて笑ったかと思うと、僕の背中を勢いよく叩いた。
「痛い!」
 叩かれた背中は、思いのほか痛かった。
「これからヒーローになるんだから、このぐらいで弱音を吐いちゃあいけないぜ」
「ヒ、ヒーローですね」
 僕は、苦笑いを浮かべるしかなかった。

 喫茶コーナーの奥に、四畳半ほどの部屋にぎっしりと様々なコスチュームが並んでいた。その品揃えには統一性は見られなかったが、僕の記憶の断片に登場したような衣裳は数多くあった。
「満さん、遅くなりました」
 長身で優しいそうな人相の男性が部屋に入ってきた。続いて僕と同じぐらいの体格で、日焼け顔が逞しい男性が健太郎少年を連れて入ってきた。
「戦隊もののレッドを借り出すのに時間かかったもんで」
 日焼け顔の男性が、満さんの隣にいる僕を確認すると白い歯をみせて笑った。
「キミも、ビデオ借りにきて、まんま駆り出されたってわけね」
「キミも?」
 僕が不思議そうにオウム返しすると、長身の男性が衣裳を選びながら返答した。
「僕ら。満さんもなんだけど、絶版のビデオ借りにきたら、ビデオ制作側に起用されちゃったんだ」
「ビデオ制作側?」
 長身の男性は、フっと笑って言った。
「あなたの特技はオウム返し?」
「あ、すみません」
「いや、冗談だよ。びっくりするよね、いきなりビデオ制作だなんて」
「びっくりです」
 長身の男性は、今度は“ハハハ”と声を出して笑った。
「あ、紹介が遅れたね。僕は翔太で、彼は英二」
「僕は、佐々山悠です」
 

「あれ? 満さん、それはヒーローじゃないねぇ。取り換えようか」
「あん? 違うんか」
 満さんが選んでいた衣裳は、あきらかに悪役だ。
「先に、ヒーローからまとめて撮るからさ。来週、満さんそれね」
    待てよ、来週って言ったよね。と僕は思ったが、今度は声には出さなかった。
「悠さん、ビデオが出来上がるまで、しばらく佳代さんに拘束されるからね」
「はぁ~」
「ちなみにバイト代は、ビデオのレンタル料と相殺されるからね」
「相殺」
あ、しまった、オウム返ししてしまった。
「悠さんの夢も、そのうち叶えてもえばいいよ」
 翔太さんが、そう言ってゆっくりと口角を上げた。
「僕の、夢ですか」
 僕がささやくように言うと、満さんと翔太さん、英二さんが“ウンウン”と小刻みに頷いていた。
 その様子を見ていた健太郎くんは、大きく“S”のロゴが入ったTシャツにチノパンに着替えていて、本当の子役のようだ。
「健太郎、カッコいいぜ」
 満さんは、孫にかけるような言葉を健太郎くんに投げると、彼ははにかんだ笑顔をみせた。
「お兄さんは?」
 健太郎くんが僕の顔をじっと見つめて聞いた。
「健太郎、このお兄さんは、悠さんっていうんだ」
 翔太さんが、すかざず返答すると、
「悠さんの、夢は何ですか?」
 健太郎くんは、僕から視線を外すことなく問いかけた。


                               つづく












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