《連載ファンタジーノベル》ブロークン・コンソート:魂の歌声
2.F分の1の揺らぎー(2)
スザンナは静かに給油している。
「あ、いけね」
と言ってジミーはソーダの缶をスザンナの口元へ充てた。
ジミーが勢いよく缶を上げたので、スザンナの口元からソーダがこぼれ落ちた。一筋の滴がスザンナの白く美しい首筋を通り、形のよい胸元へと這っていった。その滴にカルフォルニアの光が射し、スザンナの姿をより一層妖艶に演出した。
「もう、手が離せないのに、ベタベタじゃない」
「ごめん」
「拭くものない?」
「そんなもんないよ」
「気持ち悪い」
スザンナは給油しながら胸元を気にしている。
「じゃ、舐めて拭いてやるよ」
「え?」
スザンナの給油する手が、わずかに揺れた。
「本気?」
「ベタベタのままでいるのと、俺に拭き取ってもらうのと、どっちがいい?」
ジミーに上目遣いに見つめられ、スザンナは体の火照りを感じた。
「キレイに拭き取ってよ」
スザンナは珍しく即答した。ジミーはスザンナの胸元についた甘い滴を舌先で拭き取っていく。ゆっくりと、その舌先を首筋へ這わせていった。そして、スザンナの口元手前で止めた。スザンナは胸の高鳴りを抑えるのがやっとだった。ジミーからのキスを待っている冷静でいられない自分がスザンナには信じられなかった。彼は声で魅了するだけでなく、その行動で人を惑わす不思議な力があるのかもしれない。
「兄ちゃんたち、イチャつくんならホテルでやってくれ」
給油を待っている車から声がかかった。
「あ、ゴメンなさい。もう出るわ」
スザンナは声をかけたひげ面の男にニッコリと微笑んで手を振った。
「俺が運転するよ」
「ダメ!」
「いいじゃないか」
「この子はね、百年以上の超ビンテージ車なんだから。あなたには運転させられない」
スザンナはそう言うと、運転席に乗り込んだ。
「本当に素晴らしい」
ロサンゼルスの小さなライブハウスのオーナーは、スザンナが持ち込んだCDを聴いて驚きを隠せなかった。その顔つきは、高級なワインを飲んだ余韻に浸っているようだった。
「この歌声、本当にAIで作った声ではないの?」
「彼の声だけで、作りものではありません」
「今日のステージに立っていいよ」
「本当ですか!」
興奮して話すスザンナの瞳は、いつもの冷たい氷山の色ではなく、温かい食べ物が盛り付けられている青磁の皿の青さだった。
「申し訳ないが、高額なギャラは払えないよ。それでもいいんだね」
「まだ駆け出しですので、場を踏ませていただけるだけでも有難いです」
「定期で出演していいよ」
「ありがとうございます!」
スザンナの軽快な応対を横で見ていたジミーは、彼女の凄さと恐ろしさを同時に感じた。
小さなステージに、小ぶりな電子ピアノ。これで十分だ。スザンナにはジミーの歌声と、セスが作ったバックサンドが聴衆を魅了する自信があった。
大昔に流行った映画に出てくるようなライブハウスは、ほぼ満席に近い状態だった。
「今日のステージは凄いことになるぜ」
と、オーナーの興奮がマイク越しからも伝わった。
「今日、俺は彼の歌声を聴いて、一発でKOされた。ここにいる君らもKOされること間違いなしだ」
「ホントかぁ」
と聴衆の一部から野次が飛ぶ。
「さぁ、みんな聴いてくれ、魂の歌声を。ジミー・オステルマンだ!」
つづく