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《連載ファンタジーノベル》ブロークン・コンソート:魂の歌声

  1.  長く困難な旅ー(1)

 歓声が響いていた。窓からは綺麗に整えられた芝生が見えている。電話が鳴った。マホガニーの光沢が美しい机上にある電話からだった。
「大統領、準備が整いました。会見場にお越しください」
 受話器から歓声とともに落ち着いた低い声が聞こえてた。
「わかった」
 そう言って、ジェームス・オステルマンはゆっくりと受話器を置いた。
そして、薬指の指輪を見つめた。緊張と安堵が入り混じった不思議な感覚が沸き起こった。
「カルフォルニアがアメリカ合衆国より独立を宣言します! ついに、ついに私たちはこの戦いに勝利したのです」
 240フィート(64m)もの高さに、その気品と誇りを携え光輝いて見える州会議事堂。各国のメディアが集まる中、ひときわテンション高く地元テレビ局リポーターが報告をしている。普段は観光客で賑わう公園広場も、今日は規制され報道関係者のみしか入れないようになっていた。それでも、規制線が張られた先の出来事を確認しようと人々は各々躍起になっている。
「4年前の大統領選よりも人が集まっているんじゃないか?」
 と揶揄を飛ばす記者もいた。それほどまでに、カルフォルニア州会議事堂周辺は熱気に包まれていた。
 ジェームスは、会見場になっているポルチコに向かう途中にある円形広場で足を止めた。思い切り顔を上げ、丸い天井を見た。子どもの頃から何度か見ている丸く美しい天井。今日は美しさの中にあって、見るものを射る強さをジェームスは感じた。
「誰かに見つめられているよう、か。マイケルの奴、上手いことを言うな」
 ロタンダの天井は、大きく美しい瞳を見開きジェームスの心を貫いた。
「大統領、お急ぎください」
 低く太い声のあとに、コンサート会場にも似た歓声が続いた。ジェームスはロタンダの天井の次に会見を行うポルチコと呼ばれるポーチが好きだ。
『八本のコリント式の柱が、それぞれ白人に黒人。黄色人。ネイティブアメリカン。男に女。大人と子どもたちに僕には見える。1本でも抜けたら、ポルチコの屋根を支えることはできないだろ?』
 ジェームスがポルチコを好きな理由は、彼をここまで導いてくれた独立運動家であり、最愛の友マイケル・スチュアートの受け売りでもある。ジェームスがポルチコに出ると、グレーのスーツに淡青色のネクタイと同系色のチーフで決めているマイケルが目に入った。
「遅いぞ」
 マイケルが視線を前方に向けたまま言った。
「原稿を暗唱するのに時間がかかった」
「全部入ったか」
 ジェームスからの返事がないので、マイケルは少しだけ顔をジェームスへ動かした。
「大丈夫だ」
「そのタイにして正解だ」
 一瞬の間があった。ジェームスは薬指の指輪を確認するように触って言った。
「お前の方が、はるかに目立っているように思うが」
「君のネクタイの色はエンペラーグリーンだ。皇帝に相応しい色だろ?」
「これから始まるのは、ナポレオンの戴冠式ではない」
 ジェームスはイラつきを抑えられず言い放った。
「いや、これはジェームス・オステルマン皇帝の戴冠式なんだよ」
 マイケルはジェームスに顔を向け断言した。ジェームスを見つめるマイケルの瞳は、ロタンダの丸い大きな天井よりも鋭く輝きを帯びていた。
「さぁ、一世一代のショウの幕開けだ」
 マイケルはそう言うと、ジェームスの背中をポンと叩いて壇上へ送り出した。
 まさに一世一代のショウだ。ほんの3年前には今日のようなことが実現するとは誰しも思っていなかった。その渦中に、自分が大統領として君臨するなど、ジェームスにはいまだ夢の中にいるような感覚だ。しかし、これは現実に起きていることで、目の前にいる多くのカメラや大観衆はフェイクではない。
 マイケルとジェームスはやり遂げた。そして、カルフォルニア州初代大統領ジェームス・オステルマンは左手の拳を高く掲げた。
「ここに至るまで、たくさんの犠牲を払いました。しかし、私たちは権力に屈することなく独立に突き進みました」
 そうだ。俺たちは、多くの友を失った。多くの人たちを傷つけた。

                       
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 カルフォルニア州 40年以上も前に足を踏み入れた地です。
本場ハリウッドの映像世界を観てみたくて、高校を出たばかりの世間散らずの女の子が、友だちの伝手を頼りに行きました。
 そんな強い思いが詰まったカルフォルニア州を題材に書いた物。
もちろんスクラップ状態にあったものを、手直しして投稿していきます。


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緋海書房/ヤバ猫
サポートしてほしいニャ! 無職で色無し状態だニャ~ン😭

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