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夢想堂、春夏冬中【翔太の描く未来】②
前回
寒風を避けるため、夢想堂一行は駅舎内で休憩することにした。
木次線の出雲大東駅は、手入れが行き届いており とても落ち着く場所だ。テーブルや椅子が丁寧に並べられ、また大きな本棚もあり来訪者への温かいおもてなし気質を感じる。
僕たちは駅舎の外に設置されている自販機から各々飲み物を買って、休憩を兼ねた打ち合わせを開始していた。
「あの~、こちらで何を?」
打ち合わせをしている僕らの前に、一人の女性が声をかけてきた。
「あ、はい。こちらの駅舎を背景に撮影を行おうと考えておりまして」
少女戦士の衣裳をキャリーケースから取り出していた英二さんが答えた。
「使用申請のご連絡は、頂いておりましたか?」
夢想堂一行は、一斉に翔太さんへ視線を合わせた。
「翔太、無許可で撮影しようとしていたの?」
佳代さんの声のトーンが低くなった。夢想堂一行は、佳代さんの怒りの鉄拳が落ちないよう見張った。
「英二兄ちゃん、この駅は無人駅なんだよって言ってなかった?」
と健太郎くんが女性の顔を見上げて言った。
「駅員さんはいないけど、ちゃんと管理している人は駅にはいるのよ。私はここの駅長です」
「すご~い、カッコいいな」
健太郎くんが目を輝かせて駅長さんを見つめる。
「ご連絡もせず、いきなり押しかけまして申し訳ありません。私どもは」
佳代さんは手提げ鞄の中から名刺を取り出し、駅長さんに手渡した。
「いつ名刺なんて作ったんだ?」
満さんが英二さんに確認している。
「俺は持ってないよ」
英二さんが答えると、翔太さんが椅子から立ち上がり駅長さんに名刺を渡した。大柄な少女戦士が名刺を渡しながらペコリと頭を下げている姿は、とても滑稽だ。
「アイツは、持ってるぞ」
満さんが英二さんに耳打ちした。
受け取った名刺をじっくり確認している駅長さん。
「映像制作会社夢想堂、代表取締役白澤佳代様」
駅長さんは名刺を読み上げたあと、じっくりと佳代さんの顔を見た。
「失礼ですが白澤様は、あの白澤佳祐監督のお嬢さんですか?」
「は、はい。そうです」
「そして、こちら手銭翔太さんは、高校映像大賞を取った手銭さんですよね」
「え? あ、はい」
佳代さんと翔太さんはお互いの顔を見やって困惑していた。僕は、どのようなリアクションを起こせばいいのかわからないぐらい、改めて夢想堂の二人の意外な一面を垣間見た気がした。
「白澤監督は30数年前、この出雲大東周辺で『木花咲耶姫がいた里』を制作してくださり、手銭さんは『神阿多津姫命のいる駅』を制作して、木次線を全国に知らしめてくださいました」
「いえいえ」
翔太さんが照れ笑いをしている。その姿が、妙に可愛く感じた。
「あれから、この出雲大東駅を踏めた木次線も紆余曲折を経て、私たち地域住民の皆様のお力添えで活気を取り戻しつつあります」
「俺らの力なんぞ、もう必要ないのかな」
英二さんが、ポツリと吐いた。
「いいえ、まだまだ皆様の力が必要です。PRは継続していくことが大切ですので、今後もたくさん乗って利用してほしいです」
「僕、いつも電車通学してるけど、こんな景色の中の電車にも乗ってみたい」
健太郎くんが駅長さんへ笑顔を送った。
「君に、トロッコ列車に乗って欲しかったな」
駅長さんも健太郎くんへ優しい笑顔を返してくれた。
健太郎くんと駅長さんの会話を聞いていた佳代さんと翔太さんが、再び顔を見やって何やら確認しているようだった。
「駅長さん、この木次線にもう一度、トロッコ列車を走らせませんか?」
その時、わずかに翔太さんの纏う少女戦士の髪が揺らいだように感じた。
つづく
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