《連載ファンタジーノベル》ブロークン・コンソート:魂の歌声
2.F分の1の揺らぎー(3)
スポットライトが電子ピアノ前のジミーにあてられた。静かにイントロを弾き始めるジミー。短調の優しく静かなメロディが聴く者を大海原へと連れ出す。セスが制作したバックサウンドが続く。ゆっくりと走り出す小舟に乗っているようだ。
「俺と一緒に旅に出よう」
と、ジミーは歌い出した。
「さあ、大海へ漕ぎ出せ」
そのワンフレーズで聴衆は、彼の歌声という呪術から逃れられなくなった。
変われないと思うのか
本当は変わりたくなんかないんだろ
この世界を、今の人生を捨てることが怖いんだろ
俺にはできる
とうの昔に、すべて投げ捨てた
ここを変えれば、すべてが変わる
ジミーの声が聴衆の鼓膜から鼓動へ、ゆっくりと染み込んでいく。
漕ぎ出すんだ
恐れることはない
抜け殻のまんま朽ち果てるよりましだろ
ここを変えれば、すべてが変わる
その場にいる聴衆は、ジミーの歌に込められたメッセージを読み取っていく。
「そうだ、このままじゃダメだ」
「国を変えていかなくては」
何年と口にできなかったことを聴衆たちは声にしていた。
興奮状態の店から解放されたのは、午前二時を過ぎていた。店前に停めてあるスザンナの愛車に乗り込もうとした時には、二人とも疲労困憊状態でスザンナの疲れはピークに達していた。ジミーに運転を交代してほしいと懇願したぐらいだ。
「君の可愛い娘を傷つけちゃうかもしれないぜ」
「最後まで面倒みてくれるなら、いいわ」
「じゃ、事務所へ急ごう」
「ありがとう」
スザンナは吐息のような感謝の言葉をくれた。
ジミーがライブをした店からレゾネイト事務所があるウエストサイドまでは車で10分とかからない場所にあるが、スザンナは完全に眠りに落ちていた。このまま寝かせておいてやりたかったが、ジミーは助手席のスザンナに声をかけた。
「着いたぞ」
「あ、寝ちゃってた?」
「完全に」
「帰って寝て。明日に備えてよ」
「ここで待ってるよ」
「何を? 私を?」
「ああ」
スザンナは返事の代わりに“ふっ”と息を吐いた。
「何だよ」
「ここが私の寝床なの」
「は?」
ジミーは間の抜けた声で答え、コンバーチブルから降りた。
「使っていいって言ったのに」
「最後まで面倒みる自信ない」
スザンナはほんの少し口角をあげた。
事務所の窓から見えるロサンゼルスの夜景が、今日はとくに美しいとスザンナは感じた。