夢想堂、春夏冬中【健太郎の夢】②
前回
僕の夢。正直、この4、5年は生きていくのが精一杯で、そんなロマンを追うようなことを考えもつかなかった。
「悠さん?」
健太郎くんが、宙を見つめる僕を呼び戻すように腕をつかんだ。
「あ、ごめん。僕の夢だよね」
「何だって平気だよ。だって、佳代姉ちゃんが作るビデオの世界のことだもの。恥ずかしがらずに言えば?」
自分の夢が何だったかなど、この夢想堂に足を踏み入れるまで、思い返すこともなかっただろう。
「僕の夢は……ユトリロやゴッホのような、後世に残る絵画を描ける画家になること」
思わず口から出た言葉を聞いて、僕自身が驚いていた。心の片隅に追いやってしまった画家になるという夢を、一点の曇りもない澄んだ瞳で見つめる健太郎くんに、僕の心の扉が開いてしまったのかもしれない。
「悠さんの夢、スゴイね」
健太郎くんはそう言うと、英二さんが手渡した野球帽を被った。
「僕の夢なんてさ、公園でヒーローごっこをすることだよ。ホント、ちっぽけな夢でしょ。でも、今の僕じゃ、それすらもできないんだ」
「健太郎の生活は、学校、習い事、家。この三か所だけだもんな」
と言って、英二さんは健太郎くんの背後から長めのマントを首に巻いてあげた。
「ヒーローごっこの夢。僕の夢より、ずっとカッコいいじゃないか」
僕は、本当にそう思った。
「ちょっと子どもっぽい夢だけどね」
健太郎くんが言うと、すかさず満さんが反応した。
「健太郎、お前、子どもだろが」
「満さんより、ずっと大人だよ」
翔太さんが満さんの発言に茶々を入れると、“ウンウン”とみんなで頷いた。
「なんで、満さんまで頷くの?」
英二さんはそう言って、健太郎くんの長いマントをヒラヒラさせた。
「みんな~、用意できたぁ?」
衣裳室の外から佳代さんの声が響いた。
「あ、もう少し。満さんが衣裳間違えてしまったので」
翔太さんが答えながら、満さん用の衣裳を選んでいる。
「わかった。外に車回しておくね」
「は~い」
みんなで声を合わせて返事する。
「車を回しておくって、どこか遠出するんですか?」
今日の拘束時間は2時間のはずだと思い、翔太さんに聞いた。
「いや、多摩川の河川敷だけど、いろいろと機材とかあるからさ」
「はぁ~、そうですか」
「遠出なんてできないよ。健太郎のピアノレッスンは2時間だからね」
英二さんは健太郎くんのマントをヒラヒラさせたまま、笑っている。
「ピアノ教室には、お休みしますって佳代さんママが連絡してるから」
健太郎くんがニヤつきながら言った。
「それって」
「大丈夫、僕は天才ピアニストだから、1,2回休んだところでバレやしないよ」
満さんのヒーロー衣裳もばっちり決まり、僕たち正義のヒーローは、健太郎くんの夢を実現すべく、夢想堂の店先に横付けされたワンボックスカーに乗り込んだ。
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