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《連載ファンタジーノベル》ブロークン・コンソート:魂の歌声

前回

3.新たなる出会い-(2)

  ロサンゼルスのバッドエリアはイングルウッドかコンプトンかと言われるほど、治安の悪さを競うイングルウッド地区にマイケル・スチュアートのアパートはあった。このような場所に立ち入る時は、牡牛と言われるバフ色の自分の肌に感謝する。
 何十年と消されていないであろう落書きがアパートまで続く壁にびっしりと書かれてある。ジミーはアパートのインターフォンを押した。
「上がってきて」
 マイケルの明るい声がした。不思議な感覚がジミーを襲っていた。昼間だというのに薄暗い階段を、マイケルの部屋がある3階まで上がった。
 緊張とも恐怖とも違った思いが湧いてきて、ドアをノックしようとする手が震えた。
 ジミーはライブハウスでマイケルから打ち明けられた話をどこまで信じていいのか、そして、ここまで来てしまったことを今になって後悔した。
 真鍮加工がところどころ剥がれている302号の部屋番号を再度確認して、ドアをノックした。
「やあ、入って」
 ドアが開くと、子犬のようなマイケルの笑顔が飛び込んできた。
「迷わなかったかい?」
「ああ、何とかね」
 そう言いながらジミーは、ゆっくりと未開の地へ足を踏み入れた。そこは外観とは異なり、草原を想起させる落ち着いた色調で統一されていて、招き入れた者を安心させた。
「本当に来てくれるとは思わなかったよ」
 芳しいコーヒーの香りとともに、小さなテーブルに花が咲いた。マイケルが置いた大きめなマグカップは、草原という名の部屋に咲いた向日葵の花のような鮮やかな色をしていた。
「いい香りだ」
「金がないクセに、コーヒーにはこだわりがあってね」
 マイケルは向日葵色のマグカップに口を持っていき、香りを楽しむかのように味わっている。ジミーは、マイケルがコーヒーを飲み込むのを待った。
「興味がある」
 マイケルが二口目を含もうとした時、ジミーは抑揚なく言った。
「君もコーヒーにこだわりが?」
「君にだ」
 二人の視線がぶつかり合う、マイケルはジミーから視線を逸らすことなく、マグカップをテーブルに置いた。
「僕に? ミゲル・デラ・フェンテに?」
 マイケルが静かに瞬きをした。草原の中に生暖かい風が吹いた。
「君にだ」
 生暖かい風に乗って、むせ返るような汗と血の匂いが漂った。

「半信半疑って顔だな」
 すっかり冷めてしまったコーヒーを一滴残らず飲み干すと、マイケルはジミーに視線を向けた。
「当たり前だろ」
 ジミーは眉間に皺を寄せマイケルを見つめ返した。
「だけど、僕は事実を伝えてるだけだ。君もそれを知りたくて来たんだろ?」
 ジミーはマイケルの問いかけには答えなかった。肯定も否定もするわけではなく、マイケルが言う“事実”をどのように処理してよいのか迷っていたからだ。
「君は3発の銃弾を心臓に受け死亡した。それが、3時間後には生き返った。そんなこと信じられるわけがないだろ」
「その蘇生術をしたのが、君の父親であるドクター・オステルマンさ」
 ジミーは頭を振り、マイケルの話を受け付けまいとしていた。
「君が銃弾を受けてから150秒、2分半は心臓が動いていたのはわかる。だが、2分半後に手術をするなんて、父が執刀できるわけがないだろ。どうしたら2分半で、ベネズエラからカルフォルニアに行けるんだ」
 マイケルはジミーの言葉を受けて薄っすらと微笑み言った。
「君のお父さんは、その場にいたからさ」

                           つづく

 

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