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夢想堂、春夏冬中【翔太の描く未来】①
「プリキュンって、何だ?」
満さんは英二さんが発した初めて聞く語句に戸惑いを隠せず、佳代さんの顔を覗き込んだ。
「え? ちょっと待って」
佳代さんは返答に困っているのか、出雲大東駅舎前にいる翔太さんを凝視している。
「満ちゃん、それはね。テレビでやってるアニメで、女の子がヒーローに変身するんだよ」
と、健太郎くんが満さんへ答えてあげた。ちなみに、健太郎くんは満さんのことを親しみを込めて“満ちゃん”と呼んでいる。僕がある日、同じようにちゃん付けで呼んでみたら、こっぴどく怒られた。
「なんだ、英二は女の子になりてぇのか?」
満さんは、今度は英二さんの顔を覗き込んだ。英二さんは佳代さんの横顔を見つめていて、満さんの問いかけに気づいていない。
「満ちゃん、違うよ。英二兄ちゃんも、僕みたいにヒーローになりたいんだよ、ね、英二兄ちゃん」
健太郎くんが英二さんの腕を取って聞いた。
「ねぇ、英二兄ちゃんもヒーローになりたいんでしょ?」
「ヒーロー? そうだな」
英二さんはニッコリと笑って健太郎くんの頭を撫でた。
「ヒーローだったら、女の子じゃなくって、他にもたくさんあるじゃないか」
満さんは、再び英二さんの顔を覗き込む。
「満ちゃんは何もわかってないなぁ。今はジェンダーレスの時代なんだよ、男も女もないんだよ」
「ジェンダーレス?」
「健太郎くん、満ちゃんには後で僕から説明しとくよ」
と、僕は健太郎くんの視線に合わせ言った。
「満……ちゃん? 悠、今、俺のこと満ちゃんって、言ったか?」
「あ」
「僕が満ちゃんって言ったから、悠兄ちゃんはいつものクセが出ただけだよ」
透かさず健太郎くんが、僕の窮地を救ってくれた。
そんな他愛無いやり取りを交わしている間に、佳代さんが一人スタスタと駅舎へ向かっていった。
そして、いきなり翔太さんの左頬を叩いた。
「なんで、黙って逃げるの?」
そう言って佳代さんは、また右手を上げた。
「逃げてなんかいない」
「逃げてるじゃない、こうやって、故郷に帰ってきているじゃない」
佳代さんの二発目が繰り出されそうになった時、駅舎についた僕らは一斉に声を上げた。
「ぶっちゃダメ!」
その中でも、健太郎くんの声が一番大きかった。
が、佳代さんの二発目は、少女戦士翔太に遮られた。
「何なのよ! 翔太には逃げる場所があるからいいけど、私には無いのよ。あの場所、あの夢想堂しか無いんだからね! ずるいよ、逃げるなんて」
佳代さんは泣いていた。僕は夢想堂に関わって三か月が過ぎようとしていたが、僕が知る佳代さんは、いつも笑っていた。
「英二に聞かなかったか?」
背の高い少女戦士の衣裳を纏った翔太さんは、佳代さんを見下ろしている。
「何を?」
「原点に帰るって」
「言ってた」
翔太さんは、佳代さんの顔をじっと捉えたままだ。満さんも僕も健太郎くんも、そして当事者の英二さんも固唾を呑んで見守っていた。
「映画作りの原点に帰って、未来を描きたい」
「腕が痛いわ、離してよ」
翔太さんは佳代さんの二発目を防ぐために彼女の腕を掴んだままだった。
「夢想堂の力で、故郷を盛り上げたい。それが、英二と僕が見ている夢なんだよ」
駅舎を抜けて、肌を刺す冷たい風が通っていった。
このエンディングのメロディと歌詞が大好きです。いまだに日曜のこの時間帯は、息子とこのあとの戦隊ヒーロー番組まで観ております。
そんな中で、書いております。
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