《連載ファンタジーノベル》ブロークン・コンソート:魂の歌声
2.F分の1の揺らぎー(4)
ロサンゼルスのライブハウスでの評判は瞬く間に広がり、連日ジミーの歌を聴こうと多くの客が押し寄せた。オーナーは入りの良さに上機嫌で、ギャラのアップとさらに一週間の出演を快諾してくれた。
ライブハウスでの出演も残り三日となった水曜日。ジミーとスザンナが帰り支度をしていると、一人の男性に声をかけられた。
「素晴らしい声だ」
「ありがとうございます」
ジミーは、精悍な顔つきの男性がハグを求めているのか、サインを求めているのか次の言葉を待っていると、スザンナが横から口を挟んできた。
「サインをお求めでしたら、CDをお買い上げ下さいね」
「君の声はいいが、歌詞が攻撃的じゃないかい?」
精悍な顔つきの男性は、ジミーから視線を外すことなく言葉をつづけた。
「えっと、どちらかのエージェントの方?」
スザンナは長身の二人の間に入って男性にたずねた。
「いや。少しばかり、余計なことを言ったみたいだ」
「いいんだ」
批判されたのにもかかわらず、軽く微笑んでいるジミーの態度がスザンナには解せなかった。
「CDは買ってくれないの?」
スザンナは食い下がらず、男性に購入をすすめた。
「悪いね、耳に焼き付けたから買わないよ」
男性がそう言い終わると同時ぐらいに、スザンナが言った。
「あなた、見たことあるわ」
「こちらに来たのは初めてだから、お会いしたことはないと思うけど」
「いいえ、絶対に見たことあるわ。どこでだろう、絶対にあるのよ」
あまりにスザンナがしつこいので、ジミーが制した。
「失礼だぞ」
「あ、思い出した。ロサンゼルス・ウィクリーのウェブサイトよ。あれは何年前?」
スザンナが話している間も男性は顔色ひとつ変えず、じっとジミーに視線を向けていた。
「ベネズエラの革命運動家の……」
スザンナの言葉が止まった。
「何だよ」
ジミーは、ほんの少しスザンナへ視線をずらした。
精悍な顔つきの男性はジミーに視線を合わせたまま、柔らかな笑みを浮かべた。
「ミゲル・デラ・フェンテ。彼は……」
男性はジミーに視線を合わせたまま、スザンナの言葉を繋げた。
「暗殺された」
「暗殺された?」
男性の言葉を繰り返したジミーは、動揺したのか視線が泳いだ。
「それは僕じゃない。僕はアメリカ人だ。マイケル・スチュアートだ」
マイケルと名乗る男性はジミーに握手を求めた。
「ミゲル・デラ・フェンテ。絶対にあなたよ!」
「わかったよ、CD買うから勘弁してくれる?」
マイケルは困惑した表情でドル札を差し出した。
「今時、現金なの?」
「今日は、フラッとこの店に入ったからカードもスマホもないんだよ」
「なんか怪しい。こんなに似てるってこと、ある?」
「スザンナ、その辺にして先に車に行っててくれ」
ジミーに諫められ、スザンナはしぶしぶ店を出ていった。
「申し訳なかった」
そう言いながらジミーはマイケルにCDとドル札を手渡した。
「ほんの謝罪の気持ちだ」
「そんなつもりで声をかけたんじゃない」
マイケルは自分が侮辱されたと思ったのか、急に硬い表情になった。
「俺も、君を知っている」
ジミーはマイケルの瞳孔が大きく開くのを見逃さなかった。
しばし沈黙のあと、マイケルが静かに口を開いた。
「僕も君を知っているよ。心臓外科の権威ジェームス・エベレット・オステルマンの愛息子、ジェームス・ジュニアだろ?」
ジミーは、マイケルの豊かな大地を思わせる緑色の瞳の中に、自分の姿を確認した。