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《連載ファンタジーノベル》ブロークン・コンソート:魂の歌声

前回

9.陰謀ー(1)

 七色の虹の光とともに、ジミーとスザンナの歌声の雨粒が降り注ぐ。
会場にいる誰もが雲の絨毯の上で、母親にあやされている赤ん坊のような姿になっていた。

 協調か競合か
 理解し合うことは簡単だと思ってる
 だけど、本当は難しいこと

 協調か競合か
 愛し続けることは難しいと思ってる
 でも、それは、諦めているだけのこと

「私たちも雲の上にいる」
 スザンナは少し動揺していた。
「これは、脳が錯覚を起こしているだけさ」
 ホワイトハウスの大物セレブたちの無様な姿を、ジミーは嘲笑っている。
「早々に会場をあとにした方が良さそだ」」
 ジミーはスザンナの手を取り舞台から降りようとすると、ダニエル・シュナウザーに阻止された。
「素晴らしいパフォーマーを、そのままお帰りいただくようなご無礼はいたしません。このあと、大統領主催の慈善パーティーが開催されますので、どうぞご参加くだされ」
 シュナウザーは右の口角だけを上げて笑った。右の口角だけを上げて笑う行為は相手を見下しているのだと、どこかで読んだことがある。ジミーはシュナウザーの笑う姿を見て思い出していた。
 そして、この男にはジミーの声も、マイケルの歌詞の、セスが作った音も効かなかったようだ。
 シュナウザーはスザンナを見つめ、付け加えた。
「今夜はクリスタと積もる話もあるだろ、スージー」
 スザンナは、背中に氷の欠片を押し付けられたような感覚がした。
「何か、嫌な感じだな」
 ジミーはスザンナの腕をギュっと掴み、少しだけ口元を歪めると、腹話術師のように言った。

 ネビル・ピアース大統領を囲むカクテルパーティー会場には、コンサート会場にいたゲストの他に、新たに数十名の要人が招かれているようだった。晩餐会ではなくカクテルパーティーにするあたり、母の新しい恋人ダニエル・シュナウザーという男は、こちらの手法を熟知しているようだとスザンナは悟った。
「カクテルパーティー効果か」
 ジミーは、スザンナの心を見据えたように言った。
「あの男、私たちの手の内を知っている。ラジオ局に脅迫めいたメッセージを送ってきたのも、あの男かも」
 ピアース大統領に何やら耳打ちしているシュナウザーを見て、スザンナはジミーにだけわかるように顎を上げ、彼の視線を向けさせた。
「何を召し上がりますか?」
 トレイに数杯のカクテルを持って会場内を回っている給仕係が、ジミーとスザンナに声をかけた。トレイにはアルコールの強そうなカクテルと、フルーツジュースで割ったカクテルが乗っている。スザンナが先にアップルジュースで割ったカクテルを選んだ。ジミーはスザンナをチラッと見て、カクテルを選ぶ手を止めた。
「好きなのを選んだら?」
 スザンナは、いつもの氷山の割れ目のような冷たい瞳で見つめながら言った。ジミーが選んだのは、コーヒーリキュールが入った茶褐色のカクテル。
「勇ましい牡牛だ」
 と、ジミーは選んだ<ブレイブ・ブル>を手に微笑んだ。
「それ、度数高くない? 喉つぶしても知らないからね」
「好きなの選べって、言っただろ」
 ジミーはむくれた顔つきのまま一気に<ブレイブ・ブル>を飲み干した。アルコールの強さが喉に響いた。思わず、うっとなる。

「スージー」
 大勢の話し声の中、大嫌いな愛称で自分を呼ぶ声にスザンナは振り向いた。
「スージー。それに君はジミーだったかな? パーティーを楽しんでくれているかい」
「母は、クリスタはどこです?」
「パウダールームにでも行っているのではないかな。君らは何を飲んでいるんだい。お代わりを持ってこさせよう」
 そう言ってから、シュナウザーは給仕係を呼んだ。
「お二人に持ってきてくれ」
「いえ、もう失礼させていただきますので」
 スザンナは空になったグラスを給仕係が持つトレイに置こうとした。
「そう言わず、もう少しだけ付き合いなさい」
 シュナウザーは、トレイに差し出したスザンナの手首を押さえた。
「スザンナ。お母さんと話してからでも、いいんじゃないか?」
 ジミーがスザンナの手首からシュナウザーの手を退けるように、空になった自分のグラスを置いた。シュナウザーは離した手を宙に浮かしたまま、二人を一瞥した。
「では、楽しんで」
 シュナウザーはそう言うと、ジミーとスザンナの元から離れた。
 ほどなくして給仕係が<ゴールデンアップル>と<ブレイブ・ブル>カクテルを持ってやってきた。ジミーとスザンナは抵抗せずに受け取った。給仕係が去ったあと、ジミーは彼を目で追っていた。
「彼も、イベント会社の人なのか?」
 スザンナからの返事はない。ジミーは体格のいい給仕係が見えなくなると、冷えたグラスの滴をぬぐった。
 スザンナも、グラスの中の白濁したカクテルを口元へ持っていく。その時、混濁した音の中から声がした。
「スザンナ、待って!」
 母、クリスタの声だった。

                        つづく

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