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《連載ファンタジーノベル》ブロークン・コンソート:魂の歌声

前回

5.挑戦ー(1)
 
広い海原のような、母胎の中で羊水に包まれているような、実に穏やかな居心地だ。外の喧騒が嘘のように、マイケルの部屋はいつも爽やかな風が吹いている。
「コーヒーショップ代わりに来ている訳じゃないからな」
 ジミーはマイケルが差し出したひまわり色のマグカップを受け取り、少しだけ遠慮を込めた。
「別にコーヒーショップ代わりに利用してくれたっていいよ。それだけ僕が入れるコーヒーの味が上手いってことだろ?」
 茶目っ気たっぷりな視線を送ってくるマイケル。
「もっと、君のアドバイスと歌詞ウタが欲しい」
「君のマネージャーには不評だったんじゃないかい?」
 ジミーは少し考えこんでいるようだった。
「不評というか、あれから様子がおかしい」
 芳しい香りをたっぷりと取り込んだ後、ジミーはゆっくりとマイケルが淹れてくれたコーヒーを口に含んだ。
「うまい」
 とジミーは、思わず言葉に出した。
「やっぱり、コーヒーショップ代わりだろ」
 マイケルは目を細め、自分が淹れたコーヒーを味わった。
「違うよ」
 彼らは、ひとしきり笑い合った。こんな感覚をジミーは味わったことがなかった。緊張と孤独に挟まれていた。ここにいると母に抱かれているような錯覚に陥る。
 静寂が走る。
 何かを感じ取ったのか、マイケルがテーブルに音を立ててマグカップを置いた。
「歌で人を変えるって?」
「自分にできるのは、それしかない」
 そう言って視線を落とすジミー。
「耳が不自由な人には、どのように伝えるっていうんだい?」
 ジミーは返答できなかった。
「みんなが普通に、音や光を享受してる訳じゃない。それは持っている者のおごりさ」
 ジミーは反論しようとしたが、言葉が上手くでてこない。
「君はアフリカンの血が入っていて、僕はヒスパニックだ。このアメリカじゃ特権階級の人間じゃない。それどころか常に差別と闘っている」
 マイケルは沈黙するジミーを凝視した。
「でも、そんなこと関係ない。僕らは風の音も、草花の香りも、空色の移り変わりも味わうことができる」
 マイケルはジミーから窓の外へ視線を移すと、コーヒーを飲んだ。その行為は己が発した言葉に緊張し、乾いた唇を潤すためかと、ジミーには感じた。
「何らかの理由で、それらを感じることができない人達の手助けができて行動する。それが僕らの役目だろ」
「どうしたらいい?」
 ジミーは視線を落としたまま、たずねた。
 マイケルは怪しく微笑み、それから静かに答えた。
「魂に訴えるのさ」
 ジミーはゆっくりと視線を上げ、マイケルを捉えた。
「魂に訴える?」
「ってのは、飛躍しすぎか。骨伝導の技術を応用するんだ」
「骨伝導……」
 ジミーも話には聞いたことがあるが、それが今自分がやっている音楽とどのように結びつけるのか、皆目見当がつかない。
「君の歌声を直接、脳や骨に伝える。君のバックサウンドを作っている奴なら作れる」
「セスを知っているのか?」
「いや、凄い技術者だと思って」
「それなら、スザンナに頼めばいい」
「じゃあ僕は、生物学の側面から攻めてみるかな。実験してみる?」
「ここで、できるのか?」
 ジミーは訝しげな顔を浮かべた。
「ああ、できるよ。君が被験者だ」
「俺?」
「じゃ、まずそのTシャツを脱いで、そこのラグマットに仰向けになってくれる?」
「ちょっと待て。骨伝導の実験だよな?」
「そうだよ」
 と言って、マイケルは自分のスマートフォンの画面を見ている。
「さ、横になって」
 マイケルのスマートフォンからジミーの甘い歌声が聞こえてきた。マイケルに言われるがまま、ジミーは毛足の長いシャギーマットに横たわった。
 マイケルはジミーの歌が流れているスマートフォンをジミーの耳元に置く。毛足の長いマットなのでスマートフォンが隠れる。耳元で自分の声を聴くというのもジミーにとって不思議な感覚だった。
「そうだ、耳栓と目隠しもだ」
「実験……ね」
「そうだよ」
 これから何が起きるのか。ジミーの中で、期待の方が不安よりも上回っていることに戸惑っている。
 静かなメロディが流れる中、実験は始まった。

                               つづく


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