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《連載ファンタジーノベル》ブロークン・コンソート:魂の歌声

前回

3.新たなる出会い-(1)

 アパートの狭いダイニングで、シリアルを食べながら朝のニュースを見ている時だった。ベネズエラでの反政府デモが激化し、学生運動家のミゲル・デラ・フェンテが銃弾に倒れたと報じていた。
「革命運動のリーダー的存在だったミゲル・デラ・フェンテが、政府の鎮圧部隊の銃撃により死亡しました」
 いつもならば、朝のニュースなど全くもって頭に入ってこないし、画面を確認することもなかった。しかし今日は、ミゲル・デラ・フェンテがセントラル大学医学部の学生で、自分と同い年の19歳だったと聞いて、ジミーはシリアルを咀嚼しながらテレビ画面を見た。ほんの一瞬だったが亡くなったミゲル・デラ・フェンテの顔写真が映った。他国で起きている反政府デモのニュースに何分と時間が割かれることもなく、次のニュースに切り替わっていった。ジミーはリモコンのボタンを押し、画面を消した。シリアルの入った皿に残った牛乳を直接流し込む。
 近所のドラッグストアで買ったオレンジ色の派手なナイロンたわしを手に取り洗剤をかけた。ジミーは皿を洗いながら、家族最後の会話を思い出していた。

「なぜ医学部を選ばない。」
 ジミーの父ジェームスがダイニングテーブルを叩いた。
「あなた止めてください」
 と、ウォルナッツ色をした母ジャネットの手が、血管の浮かんだ青白い父ジェームスの腕に置かれた。
「僕は、音楽で人々を幸せにしていきたいんです」
「何をバカなことを言っているんだ。音楽や芸術は、もう人間の力では及ばない世界に入っているだろ」
「それでしたら、医療業界でも同じではありませんか。もうAI機器が優秀な外科医よりも神業的な手術をこなしている。違いますか?」
「ジャネット、お前がジャズやブルースなどの音楽を聞かせていたからだ」
 母ジャネットは、ふんわりとした笑みを浮かべ夫を見つめた。
「あなたも、お好きなジャンルではなかったですか?」
「だからと言って、息子をミュージシャンにするために聞かせていたわけではあるまい」
「この子の可能性を信じてみましょう」
「好きにすればいい」
 ジミーが父ジェームスと交わした最後の会話だった。

   ジミーは、父と決別後、カルフォルニアの音大に入った。学生援助制度を利用して何とか生活していた。しかし、入学して間もなく自分の無力さに打ちのめられそうになった。カルフォルニア州にもAI技能を使用しない楽曲は公共の場で演奏しないようにとの政府の通達が入った。
 それと同時期に、反政府デモが起きたベネズエラは変わった。大統領は弾劾され失脚した。民政が勝利したのだ。命をかけて戦ったミゲル・デラ・フェンテが国を変えた。いち医学生だった19歳の若者が人を変え、国を変えた。
「俺は、父親の考え方さえ変えることができなかった」
 そんな自分に、音楽で国を変えることなどできるのだろうか。ミゲル・デラ・フェンテのような生き様が頭の片隅から離れないでいる。
「彼は彼のやり方で、俺は俺のやり方で進むしかない」
 次の日、ジミーは入学したばかりの大学を辞める決意をした。

                         つづく



 


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緋海書房/ヤバ猫
サポートしてほしいニャ! 無職で色無し状態だニャ~ン😭

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