《連載ファンタジーノベル》ブロークン・コンソート:魂の歌声
9.陰謀ー(2)
「二人とも、それを飲んだらダメよ!」
クリスタが勢いよく走り込んできた。
スザンナがちょうどカクテルを口に含んだところで、クリスタは異物を飲み込んでしまった赤ん坊の口から毒を取り除くように思い切り吸い込んだ。 クリスタは含んだ毒を吐き捨てるつもりが、勢い余って飲み込んでしまった。その場に倒れ込むクリスタ。
「ママ! ジミー、喉が、喉が焼ける」
スザンナは倒れ込んでいるクリスタを見つめつつ、自分の喉元を押さえている。
「スザンナ! クリスタ!」
ジミーは倒れ込んだクリスタへ駆け寄った。クリスタの口元の臭いを嗅いで、彼女の身体を横にした。
「早く処置をしないと、死ぬぞ!」
そう言ったあとジミーは、スザンナを抱きかかえた。
「医務室はどこですか?」
側にいたSPに訊くジミー。
「今、担架を用意させます」
「それより、シュナウザーに何を飲ませたか訊けよ!」
和やかなパーティー会場が、一瞬にして修羅場と化してしまった。
「ママ……ママ……」
スザンナは消え入りそうな声で母親を呼んでいる。
「ママは大丈夫だから、心配するな」
ジミーはスザンナをきつく抱きしめ、走り出した。
『とにかく走れ! あとは僕が指示を出すから、そこから逃げろ!』
ジミーの胸ポケットに入ったスマートフォンからマイケルの声が聞こえる。
『今いるのは、一階のステートダイニングルームだな』
「そうだ」
『それならば、一番奥の窓を開けてあるからそのまま出て、北西通用ゲートを抜けろ』
「通用ゲートにはセキュリティがいる」
『大丈夫だ、眠らせておく。質問は、今はなしだぞ。今からすべての電源を落とす、急げ!』
「わかった」
ジミーの返事とともに、ホワイトハウス周辺が停電した。
『北西通用ゲートを抜けたら、ペンシルベニア通りを走れ。そこから車で拾う』
ジミーはスザンナを肩に担ぎ、懸命に走った。スザンナが標準のアメリカ女性よりやや小柄で軽いことに感謝した。
どこからどうやって逃げ出したのか、わからない。
なぜ、自分たちが犯罪者のように逃げなければいけなかったのか、それすらわからない。
ジミーとスザンナは無事にロサンゼルスに戻った。ウエストハリウッドにあるジミーのアパートで、穏やかに眠るスザンナを確認して安心した。
「毒物などは飲まされていなかったようで良かった。クリスタからは強いゴムの臭いがしたから、俺たちの喉をつぶすためにアルコール度数の高いエバークリア辺りを飲まされていたのかもしれない」
「きっと、政府はこの失態を無視するさ」
マイケルはテイクアウトのコーヒーをテーブルに置いた。
「現にクリスタ・ウィルソンの入院を、アルコールの過剰摂取で収めようとしているし」
ジミーはスマートフォンのニュースサイト画面をマイケルに見せた。
「だから、ニューヨークには行くなと言ったんだ。しかも【アンドロイド至上主義】政権下のホワイトハウスまで乗り込むなんて危険すぎる」
「ホワイトハウスの件は、成り行きで行くことになっただけさ」
「とにかく、無事でよかった」
「本当にありがとう。先日のサンフランシスコの時といい、今回の件といい、君に助けてもらってばかりだ」
「僕はジミー、君という人を失いたくないだけさ」
刹那、二人の間に沈黙が張りつめた。
「スザンナが心配だ」
ジミーが寝室の方を見つめて言った。
「しばらくそばにいてやれよ」
マイケルはジミーの手を握って
「彼女には君が必要だ」
と言って、ジミーを名残惜しそう見つめた。
「彼女が目を覚ます前に帰るよ」
マイケルは半分言以上飲み残したコーヒーを持ってキッチンへ立った。コーヒーを静かに流すと、紙コップをゴミ箱へ入れた。玄関ドアへ向かうマイケルのあとを追うようにジミーもドアへ向かう。
「まだ、スザンナには君のこと、紹介できない?」
ジミーがマイケルに顔を近づける。
「そうだな。時期尚早かな」
マイケルはジミーの心を試すかのような視線を送り、軽いキスをした。
「いつまで、待つ?」
ジミーはマイケルのキスに答えるようにマイケルを壁に押し当て、熱いキスの応酬をした。
「ダメだよ、スザンナが起きてくる」
そう言いながらも、ジミーのキスの応酬に積極的に答えているマイケル。
無我夢中で唇を重ね合わせるジミーとマイケル。二人のすぐそばで青く冷たい視線を送るも、彼らにはスザンナの姿は草原を抜ける風に過ぎなかった。
「たった一日、離れていただけなのに……」
スザンナは一人呟いていた。