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《連載ファンタジーノベル》ブロークン・コンソート:魂の歌声

前回

10.決意ー(1)

 スザンナはホワイトハウスでの一件を忘れるかのように、精力的に仕事をこなしていた。母親であるクリスタ・ウィルソンの芸能界引退の記事と、ダニエル・シュナウザー広報官の辞任のニュースが同時に新聞やテレビを賑わしている。ホワイトハウスで行われたコンサートは、クリスタ・ウィルソン最後のステージという言い回しに変更され、ジミーとスザンナのパフォーマンスが行われていた痕跡がなくなっていた。マイケルが指摘したとおり、政府は事の次第一切を抹消したのだ。
「お母さんの引退は残念だったな」
 ジミーは66年型サンダーバード・コンバーチブルを運転するスザンナに向けて言った。
 スザンナは黙ったまま、死の谷を真っすぐ通る道を見つめている。
「君も」
 と言ってから、ジミーはその先を言うまいか迷っているようだった。
「私が、どうしたっての?」
「歌えるようになったのに、また失った」
 スザンナは、なびくスカーフを押さえて一呼吸した。
「私にとっての歌は、あなたよ」
「喜んでいいのか?」
 スザンナはジミーを横目で刹那に見つめ、
「当然でしょ」
 と、吐き捨てるように言った。

 今日のステージはラスベガスで新しくできた巨大ライブハウスで、ネバダ州は事務所『レゾネイド』としても、カルフォルニア州に次いで大切にしなくてはならない場所である。
 そんな活動の中、ふと、スザンナとマイケルが同じようなことを口にしていたことをジミーは思い出した。
「カルフォルニア州がアメリカから独立すれば、もっと仕事がしやすくなる。そして、アメリカを取り戻せる。そのためにはネバダの協力が必要」
 この時はまだ、こんなにも大それたことが実現できるはずもないと、ジミーはまともに取り合わなかった。しかし確実に点は、この死の谷を抜ける道のように線として繋がっていたのだ。
 人と人が<レゾネイド>共鳴して、ひとつになって<コンソート>合奏する。その合奏も、多種多様な人々が一つになる。<ブロークンコンソート>混合合奏していく。アメリカは合衆国だ。様々な独立した州が連合して国家として形成している。スザンナやマイケル、そしてジミー自身が思い描く理想郷は、決して間違ってはいないと感じてはいる。家族も、夢も、心も、すべて失ってしまったスザンナとマイケルとともに理想を追い求めることは、ジミーができる二人に対する唯一残された感謝を示す行動になるのだろう。

「これで、二千人が入るの?」
 スザンナは、オーナーが同席しているにもかかわらず、大きな声を発した。
「ミッシェルさん、驚かれるのも無理はないですね。このライブハウスはオールスタンディング形式で隙間なく集客いたしますので」
 そう言うとライブハウスのオーナーは苦笑いを浮かべた。
「あの、安全上に問題はないのですか?」
 ジミーが真面目な顔をして質問した。
「まあ、これまで、大きな事故は起きていません」
「そういう問題か?」
 とジミーはスザンナの耳元でささやいた。
「ここの醍醐味は、たくさんの国の人たちが集い、多様な音楽を楽しむ。これに尽きると思うので」
 ライブハウスのオーナーは少年のような輝く瞳をジミーとスザンナに向けた。
 そうだ、音楽を楽しむってことは、オーナーが言ってるようなことなんだ。何のしがらみも無く、一緒に楽しむ。
「ぎゅうぎゅう詰めになるほど、観客を呼べるかよね」
 スザンナには珍しく、悪戯っぽい笑顔がはじけていた。
「ワアーオ! ゾクゾクしてきた」
 ジミーも笑顔で答える。

 開演時間になると、会場に入れない客などで溢れかえっていた。二千人収容の会場は、その倍以上の人数が押し寄せているようだった。
「どうですか? これが一体感っていうものでしょ。昨日まで知らなかった者同士が、肌と肌を重ね合わせ、汗まみれになって音楽という一つの大きな方舟に乗って、希望という大陸に向かって航海に出るんです」
 舞台の袖から会場をスザンナと一緒に覗いているライブハウスのオーナーが、その熱気を自らの興奮を乗せて伝えた。
 オーナーが伝えたように、私たちが一番に音楽の力を信じなくてはいけない。そのことを忘れかけていたとスザンナは思った。どのような状況に陥ったとしても、音楽が持つ力は偉大で、消え去ることはないのだから。

「みんな、楽しんでるかー!」
 ジミーが叫ぶと、地響きのような歓声が上がった。会場が一体となっている。男も女も、白人も黒人も、アジア人もヒスパニックも、障害者も健常者も、みんな関係なくジミーの音楽を楽しんでいる。これが、本当の音楽の楽しみ方なんだ。そのためには何としてでも、本来のエージェント活動ができるようにしなければ、違う、何としてでも、アメリカを取り戻さなくてはいけないと、スザンナは強く誓った。

 二千人強の人たちが一体となる様は壮観だ。これが、本来あるべき姿なんだ。

                          つづく

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緋海書房/ヤバ猫
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