夢想堂、春夏冬中【健太郎の夢】③
前回
翔太さんの言葉通り、次の週も僕は夢想堂に来ていた。別に強制されたわけではないが、先週に行った健太郎くんの叶えたい夢である『ヒーローごっこ』が、ことのほか楽しかったこともある。多摩川の河川敷で大の大人が小学生相手に、ヒーローのコスチュームで鬼ごっこをしている様は、端から見れば滑稽だがやっている本人たちは真剣そのものなのだ。乗り気ではなった僕ですら、最後には満足感で満たされていた。
今週は悪役軍団、といっても大人4人だが、大暴れするシーンを撮り溜めするということで、なお一層怪しい雰囲気を醸し出していた。それでも、佳代さんが用意したたくさんの機材のおかげで、本当のヒーロー番組撮影をしているように見えていた。
「佳代さんって、何者なんですか?」
僕は、水分補給のため悪役マスクを外した英二さんに聞いた。
「俺もあまり詳しくは知らないけど、父ちゃんが映画監督か何かしてたって聞いたよ」
と、英二さんは息つぎもなく話すと水筒のお茶を勢いよく飲んだ。
「それで、こんなにも撮影機材が揃っているのですね」
「この機材の半分以上は翔太のだよ」
「翔太さんの?」
「そ、翔太は映像制作会社にいたんだ」
僕は悪役のコスチューム姿で佳代さんと打ち合わせをしている翔太さんを見つめた。二人の横で健太郎くんと満さんが指相撲をして盛り上がっている。
「満さんは、佳代さんの父ちゃんからの知り合いみたいだよ」
英二さんは水筒のお茶をひと口ふた口飲むと、再び悪役のマスクを装着した。
「俺は、満さんの行きつけの居酒屋でバイトしている劇団員だよ」
と言って、英二さんは原っぱへ向かって走り出した。
僕も、悪役のマスクをしっかりと装着して英二さんの後に続いた。
今回の撮影も無事に終了し、上機嫌で高揚した車内の僕らには、こんな大事になっていたなどと知るよしもなかった。
つづく
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