見出し画像

《連載ファンタジーノベル》ブロークン・コンソート:魂の歌声


前回

3.新たなる出会い-(4)

 スザンナからのメールと電話が何本も入っていた。今日は仕事をしたくなった。客の前で歌を歌いたくなかった。というよりも、スザンナの顔を見たくなかった。彼女のことは嫌いじゃない。順調に仕事を増やしてくれているし、ギャランティも悪くない。だが、今日は彼女の声を聞きたくなかったし、氷山の裂け目のような冷たい目を見たくなかった。
 薄暗い草原の中、稲妻を伴って竜巻が二つの向日葵を押し退けようと“ブルブル”と震えている。
「出なくていいのかい?」
 マイケルは“ブルブル”と動き回っている竜巻のようなジミーのスマートフォンを顎でさしながら、向日葵のマグカップを持ち上げた。
「今日は歌えない」
 そう呟くように言うジミーをマイケルは黙って見つめ、向日葵の種が風で飛ばされたかのように、クルクルと回りながらキッチンへいった。ジミーはその姿を眺めながら、父ジェームスがマイケル、いやミゲル・デラ・フェンテの力になろうと決めたのは、彼の中に屈強の精神と天性の明るさを併せ持っているからだと思った。
 ジミーには人生を楽しむ余裕がなかった。偉大な両親を妬んだ。医療業界も、芸術も、AIの力も嫌いだった。何より親の七光りと言われること、自分の立ち位置の不安定さ、自然体でいることへの他者から受ける嫌悪に疲れ切っていた。この思いはすべて社会のせいだと思い込んでいた。社会が変わらなければ、人を動かすことはできない、国を変えることなど不可能だと。それは間違った考えだと、マイケルに会ってわかった。自分の考えから、生き方から変えなくては人を動かすことなんてできないんだと。
「行った方がいい。君の歌はみんなの希望になる」
 マイケルは使いやすくまとめられたキッチンでマグカップを洗っている。
「もう少し、ここにいたい」
 ジミーはマグカップを洗っているマイケルに後ろから抱きついた。
「どうした?」
 マイケルは泡のついた手で、ジミーの腕を優しく離そうとした。
「君のような力が欲しい。君のような優しさが欲しい。君のように、父に愛されたい」
 ジミーは飢えた狼のようにマイケルにしがみついた。マイケルの濡れた大きな手が、力強くジミーの腕を掴んだ。芳しいコーヒーの香りのあとに、ほんのりと柑橘系の香りがした。マイケルの濡れた手から漂っているのだとわかる。
「力なんてもの、僕には存在しないよ。僕は優しい男でもないし」
 マイケルはジミーの腕を完全に引き離す。
「それに、オステルマン教授が愛しているのは僕じゃなく、ジミー。君だけだよ」
 マイケルはそう言うと、ジミーの胸に手をおき出口の方へ押しやった。
「さあ、行って」
 
  ジミーが振り返っても、そこにはもう草原の耀きはなかった。

                              つづく


この記事が参加している募集

サポートしてほしいニャ! 無職で色無し状態だニャ~ン😭