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夢想堂、春夏冬中【翔太の描く未来】④
夢を追い続けることは、簡単ではない。その夢を実現させることは、さらに困難だ。そして、夢を持ち続けることは、もっと大変だ。反対にその夢を諦めてしまうことは、容易だ。夢を見なければいいことだし、簡単に楽になれる。だけど、夢を見ている間は幸せで、努力も苦と思わせることがない。夢を想っている人は、みんないい顔をしている。僕はそう感じる。だから、僕は夢想堂にいるんだ。
夢想堂が請け負った木次線PR映画制作は思いの他難航した。まず、木次線出雲大東駅は簡易委託駅の形態をとっており、管理運営をしているのは地域の住民団体であること。両隣の南大東駅と幡屋駅は無人駅で、管理運営はJR西日本が行っている。撮影許可をもらうには、各々の運営体制を確認し許可をもらわなくてはならない。木次線は全長81.9キロで東京から箱根まで届きそうな長さがある。駅数は18と、東京の山手線の30駅と比べれば少ないように感じるが、とても複雑な数ではある。
そして、最も困難なことは、『あめつち号』は出雲大東駅には停車しないということだった。
『あめつち号』は木次線の観光トロッコ列車『おろち号』廃止後の代替観光列車として運行予定ではあるが、年30日から40日ほどの運行で、木次線には宍道、木次、出雲三成、出雲横田の4駅にしか停車しない。
翔太さんと英二さんの故郷である出雲大東駅に停車しないことはおろか、出雲坂根駅から三井野原駅の間は運行しない。出雲坂根から三井野原までの勾配を登る三段式スイッチバック走行が木次線の最大の魅力であるはずなのにだ。箱根登山鉄道と同じ勾配を行ったり来たりして景色を楽しむことができるのに。
「何とかJR西日本にもスイッチバックに対応できる車両はないのか、問い合わせてみたんだが」
翔太さんは、残念そうに言った。
「東京に戻った佳代ちゃんが、その手の専門家にあたってみると言ってはいたけど、どうかな」
英二さんも、翔太さんと同じような表情を浮かべている。
夢想堂代表である佳代さんは、健太郎くんを連れて東京に戻っている。佳代さんも、翔太さん、英二さん、そして僕と一緒に出雲大東町に残った満さんも、健太郎くんのような子ども達に木次線の美しい景観を見て欲しいと思っている。
「このあめつち号もいい列車だけどよ。全席グリーン車だろ? 東京からここまで来るだけで結構かかるのに、これには乗れねぇなあ。もっと、家族みんなで気兼ねなく乗れる電車じゃなきゃ、来ねぇよ」
そう満さんは言ったあと、熱燗を手酌でおちょこに注いだ。
「どうしたら、この木次線をPRできるんだろうか」
夢想堂の羅針盤的存在の翔太さんが、珍しく悩んでいた。
「観光列車にこだわらなくても、いいのではないですか?」
「悠に何かいい案があるのか?」
英二さんが僕の顔を覗き込んだ。
「木次線の魅力は、箱根登山鉄道のような勾配を登るスイッチバックとその景観ですよね。ここに暮らす人達の日常を映し出せば絵になりませんか?」
僕は久しぶりに口にする酒に酔ったのか、夢想堂一行に提案していた。
つづく
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