知っていますか?悪性高熱症
こんにちは。手術室看護師のnanaです。
今回は悪性高熱症についてです。
手術室看護師であれば一度は勉強すると思います。
手術室での勤務経験のない医療職者の方では馴染みのないワードかもしれません。
しかし患者さんの生命に直結する疾患のため頭の片隅に覚えておいて欲しいです。
悪性高熱症とは
悪性高熱症とは全身麻酔中に突然高熱となる常染色体優性遺伝の筋肉疾患です。
全身麻酔症例10万人に1〜2人の頻度で、男女比は3:1で男性に多いと言われています。
死亡率は1960年代には70〜80%であったが、特効薬であるダントロレンナトリウムが開発された1985年以降は15%近くまで減少した。しかし早期発見・早期治療がさればければ死に至る疾患です。
遺伝的な潜在性疾患であり、日常生活では症状はほぼないため、家族歴等がない場合は術前検査で診断することは難しいとされています。
病態生理
素因者では、骨格筋細胞内のカルシウム(Ca)貯蔵庫である筋小胞体から細胞質内へのCa 放出機構が異常に亢進しています。
細胞内 Ca濃度が異常に高くなったままのため骨格筋細胞内では、筋収縮が異常に持続し続け、ATP の消費も異常に充進し、さらに筋小胞体へのCa取り込みに伴うATP消費も増大します。これらのATPの異常消費により、大量の熱が産生され流ことに繋がります。またミトコンドリア内のCa依存性のホスホリパーゼA2(PLA2)活性も異常亢進し、熱産生は加速されます。
こうした過程により酸素消費量は増大し、二酸化炭素の産生も異常に亢進します。
全身の骨格筋の持続的収縮による温度上昇により、体温は急激に上昇します。また組織は低酸素状態となり、代謝性アシドーシス、筋肉の崩壊を生じ、その結果、細胞内物質が血液中に流入します。血中のカリウム、乳酸、骨格筋崩壊産物のミオグロビン、CKなどが高値となり、骨格筋崩壊産物により腎障害をきたします。
症状
基本的に素因者は日常生活ではほとんど症状はないとされていますが、発症すると極めて多彩な症状を生じます。発症のタイミングは麻酔開始から終了後までどのタイミングでも起こりうります。術後に悪性高熱症が発症される場合は麻酔終了後1時間以内が多いとされているので、病棟の看護師さんにもしっかりと症状等を頭の片隅に入れておいて欲しいです。
初発症状
55 mmHgを超える説明のできない呼気終末二酸化炭素分圧(ETCO2)の増加
原因不明の頻脈
筋強直(開口障害を含む)
続発症状
15分間に0.5°C以上の体温上昇速度が認められ、40°Cを超えることもある
SpO2の低下
高度な呼吸性・代謝性アシドーシス
不整脈
尿の色調が次第に筋肉崩壊により赤褐色・コーラ色に変化
血清カリウム値の上昇
心電図上はテント状T波を示し、心停止
多臓器障害
などがあげられます。悪性高熱症は一度発症すると症状は急激に悪化し、治療開始が遅いと死に至ります。救命されたとしても、筋肉障害(歩行障害など)や意識障害などの後遺症が残ることがあります。
しかし悪性高熱症以外にも麻酔中に体温上昇を来たす疾患もあります。以下の疾患です。
二次性視床下部病変(腫瘍や外傷)
脱水
うつ熱
甲状腺機能亢進症(クリーぜ)
感染・敗血症
中枢性発熱
褐色細胞腫
脳炎
アルコール
薬物(NMDA、コカインなど)
悪性症候群
セロトニン症候群
原因
素因者に吸入麻酔薬(ハロタン、イソフルラン、セボフルラン、デスフルランなど)や脱分極性筋弛緩薬(ロクロニウム)などを投与すると、それが誘因となり発症し、急激に症状は進行します。これらの薬物は筋小胞体からのCa放出速度を亢進させます。素因者では筋小胞体からのCa放出速度が異常に亢進しており、筋小胞体へのCa取り込み速度を超えてしまうため、細胞内のCa濃度が制出来ないほど異常に高くなることにより発症します。
特に吸入麻酔薬と脱分極性筋弛緩薬が併用されている場合はほぼ発症します。
現在全身麻酔で手術を受ける場合、吸入麻酔薬や脱分極性筋弛緩薬はほぼ99%使用されるため(完全TIVAなら脱分極性筋弛緩薬のみですが・・・)、事前情報がない場合、素因者がほぼ発症するというのは理解できます。
ですが脱分極性筋弛緩薬の直接的な悪性高熱症誘発機序は明確ではないとされています。
悪性高熱症の対処法
以下は2016年に日本麻酔科学会で制定された悪性高熱症の治療のガイドラインです。
1)揮発性吸入麻酔薬・脱分極性筋弛緩薬の投与により発症することから直ちに投与を中止し静脈麻酵・非脱分極性筋弛緩薬への変更を行う
2)人手を集め、手術の早期終了を要請する
3)高流量純酸素(10L/分以上)で過換気(分時換気量を2倍以上)して呼吸回路内の吸入豚酔薬を洗い流す(麻酔器の交換は人手と時間がかかるので必須ではないとされています)
4)ダントロレンの投与の準備を開始する
5)静脈路の確保と輸液の投与一循環を維持、利尿を維持するためにも生理食塩水の大量投与が必要となることがあるため可能なら管理のため動脈ラインの確保
6)体温冷却一冷却した輸液、全身冷却,中枢温が38°C以下になったら冷却を中止する
7)対症療法一不整脈治療(カルシウム抗剤の投与を避ける)、電解質補正(高カリウム血症が疑われる所見 [心電図上テントT波または血清電解質異常]が認められたら、グルコース・インスリン療法あるいは炭酸水素ナトリウムを1~2mg/kg投与)、アシドーシス補正(アシドーシスに対し血液ガス所により炭酸水素ナトリウムを投与)
8)十分な輸液と利尿薬(フロセミド)を投与し、+分な尿量(2ml/kg/hr以上)を得る
9)以後厳重な思者監視を続ける。ショック状態に移行している場合、これに通常のショックに対する治療を加えて行う
悪性高熱症はいつ何時出会うかわかりません。対処法をしっかり覚えておくことに越したことはありませんが、覚えれない場合もあると思うので、麻酔科学会のガイドラインを手術室内の目の届く所においておくことも患者さんの命を救うためには必要かもしれませんね・・・
そもそもダントロレンとは・・・
悪性高熱症の唯一の治療薬です。
以下がダントロレンの投与となっていますが、重要な点は蒸留水で溶解することと単独ルートで流すことです。
<ダントロレンの投与>
まずは初回量1~2mg/kgを10~15分かけて単独ルートで静注します(急速投与では血圧低下、心停止を引き起こす可能性があります。また輸液剤との混注で本薬が析出してしまうため単独ルートにしてください)。以後心拍数低下、筋緊張低下し、体温低下が見られるまで随時追加投与が必要となります。ダントロレンは1バイアルあたり60mlの蒸留水で溶解しなければならないが、難溶解性であり、温めると若干溶けやすくなります。
体重60kgの場合ダントロレンを最低60mg投与しなくてはいけません。
ダントロレン1バイアルで20mgのため60mgを蒸留水180mlで溶解し、投与することになります。
難溶解性のため少しでも早く溶解し始めることが重要となってきますが、みなさんの施設ではきちんと準備されていますか?
私の現在勤めている職場は市中病院ですが、ダントロレンはおろか蒸留水のボトルすら手術室に常備していないため上司に掛け合っている最中です。
私自身悪性高熱症疑惑の患者さんにしか出会ったことはありません。しかしいつ何時悪性高熱症に出会うかわからないため、きちんと備えておくことが重要であると思います。
最後まで読んでいただきありがとうございました。