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魔法の白い薬の基礎知識 〜知っておきたいプロポフォール〜


こんにちは。手術室看護師のnanaです。


ここの所仕事が忙しく,気がつけば5月が終わろうとしています。
この春より入職した新人看護師さんは,そろそろ社会人としての生活リズムが整ってきた頃でしょうか?

さて某有名なミュージシャンの事件によって医療従事者でなくても一度は耳にしたことがあるかも知れないプロポフォールについてまとめてみます。


プロポフォールとは

プロポフォールは,手術や診断手技における全身麻酔の導入および維持,集中治療室(ICU)での鎮静に使用される静脈内麻酔薬です。白色の乳濁液として供給され,速やかに作用を発揮し,短時間で効果が現れます。この特性により,麻酔科医や集中治療専門医の間で広く利用されています。

プロポフォールの作用機序


中枢神経系への影響

プロポフォールの主な作用機序は,脳内のGABA(ガンマアミノ酪酸)受容体に作用することです。GABAは中枢神経系の主要な抑制性神経伝達物質であり,プロポフォールはGABA受容体の活性化を増強し,神経細胞の興奮性を低下させることで,鎮静および麻酔効果を引き起こします。

具体的には,プロポフォールはGABA_A受容体のクロライドチャネルを開くことで神経細胞の膜電位を変化させ,ニューロンの活動を抑制します。この結果,患者は意識を失い,痛みや外部刺激に対する反応が鈍くなります。


他の神経伝達系への影響

プロポフォールはグルタミン酸受容体やアセチルコリン受容体にも影響を与えます。グルタミン酸受容体は興奮性神経伝達を媒介するため,プロポフォールがこれらの受容体を抑制することで,全体的な抑制効果が強化されます。また,アセチルコリン受容体の抑制により,筋肉の弛緩が促進されます。

全身麻酔の導入時の作用機序と身体への影響

循環動態への影響

血圧低下:プロポフォールは血管拡張作用があり,末梢血管抵抗の減少を引き起こします。これにより血圧が低下しやすくなります。特に,初期のボーラス投与時には血圧低下が顕著に現れることがあります。低血圧のリスクが高い患者では,事前の補液や投与速度の調整が重要です。

心拍出量の減少:プロポフォールは心筋収縮力を低下させるため,心拍出量が減少する可能性があります。これにより,全身への血流供給が一時的に低下することがあります。特に心機能が低下している患者では,慎重なモニタリングと管理が必要です。

心拍数の変動:プロポフォールは迷走神経の活性化を促進し,心拍数の低下(徐脈)を引き起こすことがあります。特に高齢者や心疾患を有する患者において,徐脈の発生リスクが高まります。必要に応じて,アトロピンなどの抗コリン薬を併用することが考慮されます。


呼吸動態への影響


呼吸抑制:プロポフォールは中枢神経系に作用して呼吸中枢を抑制し,呼吸数や呼吸深度を低下させることがあります。これにより,一時的な呼吸停止や低酸素血症が発生するリスクがあります。気道確保と人工呼吸が必要な場合があり,適切な人工呼吸器の設定とモニタリングが重要です。

気道反射の抑制:プロポフォールは気道反射(咳反射や喉頭痙攣)を抑制するため,気管挿管や喉頭マスクの使用が容易になります。これにより,気道確保が比較的スムーズに行えます。

換気の低下:プロポフォールは呼吸駆動を低下させるため,換気の低下を引き起こすことがあります。これにより,二酸化炭素(CO2)の蓄積が起こり,呼吸性アシドーシスが進行することがあります。適切な換気管理が求められます。


禁忌

プロポフォールの使用にはいくつかの禁忌があります。以下はその代表的な例です。

大豆または卵アレルギーのある患者

プロポフォールは大豆油や卵黄レシチンを含むため,これらに対するアレルギーがある場合,使用を避ける必要があります。アレルギー反応は,軽度の皮膚症状から重篤なアナフィラキシーまで様々であり,投与前に患者のアレルギー歴を詳細に確認することが重要です。



重篤な心血管系の疾患がある患者

プロポフォールは血圧低下や心拍数の低下を引き起こす可能性があります。特に,血行動態が不安定な患者には注意が必要です。心筋梗塞や重篤な心不全の患者では,プロポフォールの使用は慎重に行うか,他の麻酔薬を検討することが推奨されます。



未熟児や乳児

プロポフォールは慎重に使用すべきであり,小児への使用には特に注意が必要です。特に,長時間の使用や高用量の使用は避けるべきです。小児では薬物代謝の違いから副作用のリスクが高まるため,適切な投与量の設定と厳密なモニタリングが不可欠です。


周術期の使用


基本的な容量・用法

プロポフォールの用量は患者の状態や手術の種類によって異なります。以下に一般的な使用方法を示します。

麻酔導入

成人:2-2.5 mg/kgのボーラス投与を行います。高齢者や体力の低下した患者では,1-1.5 mg/kgに減量することが推奨されます。投与後,速やかに効果が現れ,意識が消失します。

小児:2.5-3.5 mg/kgが一般的ですが,年齢や体重に応じて調整が必要です。未熟児や乳児では,さらなる減量が必要となる場合があります。

麻酔維持

成人:通常は100-200 μg/kg/minの持続静注を行います。手術の進行状況や患者の反応に応じて,投与速度を調整します。手術中に覚醒反応が見られた場合は,追加のボーラス投与が行われることがあります。

小児:100-300 μg/kg/minが一般的ですが,手術の種類や患者の状態により調整が必要です。小児では代謝が早いため,成人よりも高用量が必要となる場合があります。

ICUでの鎮静

ICUでの長期鎮静目的には,5-50 μg/kg/minの範囲で持続静注を行います。必要に応じて,患者の鎮静レベルや生体指標をモニタリングしながら投与速度を調整します。


血管痛について

プロポフォールは投与時に血管痛を引き起こすことがあり,患者にとって不快な経験となることがあります。これを防ぐために,以下の方法が取られることがあります。


局所麻酔薬の併用:プロポフォール投与前にリドカインを使用することで,血管痛を軽減できます。一般的には,1%リドカインを0.5-1 ml混合して投与します。

大きな静脈への投与:末梢の細い静脈よりも,肘や上腕の比較的太い静脈に投与することで,血管痛を軽減することができます。


TIVA(全静脈麻酔)

TIVAは,揮発性麻酔薬を使用せず,全ての麻酔を静脈内投与で行う方法です。プロポフォールは,TIVAの主要な薬剤として広く使用されており,その特性を活かして,手術中の安定した麻酔維持が可能です。

メリット

安定した麻酔深度:持続的な静脈投与により,安定した麻酔深度を維持することができます。特に,揮発性麻酔薬にアレルギーがある患者や,呼吸器合併症を有する患者に適しています。

少ない術後せん妄:揮発性麻酔薬と比較して,プロポフォールを用いたTIVAでは術後せん妄の発生率が低いと報告されています。高齢者や認知機能障害のある患者にとって,これは重要な利点です。


速やかな覚醒:プロポフォールは短時間作用型であり,術後の覚醒が早く,患者が速やかに意識を取り戻せます。これにより,手術室滞在時間が短縮され,手術室の稼働率が向上します。

デメリット

高コスト:プロポフォールは比較的高価であり,特に長時間の手術や大量の薬剤が必要な場合,コストが問題となることがあります。

TCIポンプの必要性:持続的な静脈投与のために専用の注入器(TCIポンプ)が必要となります。TCIポンプがない場合,事細かに注入量のスケジュールを立てなくてはならず,業務が増えます。

プロポフォール注入症候群(PRIS)

プロポフォール注入症候群(PRIS)は,プロポフォールの長期大量投与に関連して発生する重篤な症候群です。特にICUでの長期鎮静において,成人よりも小児において発生することが多いです。
一時期ICUで小児に長期使用しニュースなどで問題となったのは,このPRISです。

症状

代謝性アシドーシス:血中の乳酸が上昇し,代謝性アシドーシスを引き起こします。これにより,患者は呼吸困難や意識障害を呈することがあります。

横紋筋融解症:筋肉の破壊が進み,血中にミオグロビンが放出され,腎不全を引き起こす可能性があります。尿の色が暗くなり,筋肉痛や全身の弱さが見られます。

心機能障害:心筋障害や不整脈が発生し,重篤な場合は心停止に至ることがあります。心拍数の低下や血圧の急激な低下が観察されることがあります。

高カリウム血症:筋肉の破壊によりカリウムが血中に放出され,高カリウム血症が発生します。これにより,心電図に異常が見られ,不整脈のリスクが高まります。


リスク因子

長期大量投与:特に48時間以上の大量投与がリスクを高めます。投与速度が高い場合や持続時間が長い場合,PRISの発生リスクが増大します。

重篤な病態:重症患者や代謝ストレスが高い患者はリスクが高まります。特に,敗血症や多臓器不全の患者ではリスクが著しく増加します。

併用薬剤:カテコラミンやステロイドの併用もリスク因子となります。これらの薬剤は代謝負荷を増加させ,PRISの発生を促進する可能性があります。

予防と対応

PRISを予防するためには,プロポフォールの投与量と投与期間をできるだけ短くすることが重要です。代替鎮静薬を検討し,長期の鎮静には他の薬剤を併用することが推奨されます。

患者の代謝状態を定期的にモニタリングし,早期に異常を発見することが求められます。具体的には,血中乳酸値やクレアチンキナーゼ(CK)値を定期的に測定し,異常が認められた場合は直ちに対応します。

PRISが疑われる場合は,直ちにプロポフォールの投与を中止し,適切な支持療法を行うことが必要です。代替鎮静薬への切り替えや,代謝アシドーシスの是正,横紋筋融解症に対する適切な治療が行われます。




プロポフォールは,その速やかな作用発現と短時間での回復特性により,全身麻酔やICUでの鎮静に広く利用されています。しかし,使用に際しては禁忌やリスクを十分に理解し,適切なモニタリングと管理を行うことが重要です。特にPRISのような重篤な合併症を防ぐためには,適切な用量管理と早期の異常発見が求められます。


また,プロポフォールの効果を最大限に引き出しつつ,安全に使用するためには,医療従事者の知識と経験が不可欠です。各種対策や代替手段を駆使して,患者の安全を最優先に考えた使用が求められます。プロポフォールの利点を活かし,デメリットを最小限に抑えるために,看護師は医師任せにするのではなく,きちん理解をした上で患者に使用していくことが重要であると考えます。


完全に余談ですが,実際にプロポフォールを使用し全身麻酔での手術経験のあるスタッフに話を聞くと,それはそれは心地よく眠ることができるそうです。笑

その反面全身麻酔での使用ではなく,静脈麻酔のみの場合(完全に鎮静させるのではなく,うとうとするくらい)夢心地状態のためあられのないことを喋ってしまい,家族の待つ病室へ退室させるのを躊躇った経験のある心優しき麻酔科医もいるみたいです・・・

そんな話を聞き,自施設で鎮静下での手術は受けないと私は心に決めています。笑


脱線しましたが最後まで読んでいただきありがとうございました。

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