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【エッセイ】臆病者の好奇心の満たし方

私は臆病者のくせに、やたらと好奇心旺盛である。私の人生をややこしくしている原因の一つだと思っている。


   HSP気質なのか刺激に弱く、外出するとものすごく消耗し、人と会えば、やはりものすごく消耗するのだった。削られたHPは私の場合、自宅で1人にならなければ回復しない。

 家で1人のんびり過ごす時間が好きだが、体力回復も兼ねているのである。


 家で過ごせば過ごすほど、幸福度が増していく。


 …ということにはならないのが、私のややこしくて面倒くさいところだ。


 家で過ごす時間が好きなのである。
 だけど私は、同じくらいお出かけが好きなのだった。


 臆病者が外出しようとすると、電動しゃぼん玉製造機ならぬ“電動不安製造機”が脳内で稼働する。

電動しゃぼん玉製造機から噴射される大小のしゃぼん玉は、太陽の光に反射してきらめき、電動ならではのパワフルさによって、従来のしゃぼん玉が持つ“儚さ”とは違った表情を見せる。量産された儚さは、センチメンタルな気持ちになる隙を与えず、ひたすら人々を笑顔にするであろう。

しかし私の脳内で量産されるのは、透明の儚いしゃぼん玉ではなく、どんよりとした色の、スライムのようなブヨブヨした「不安」であり、それは私の心に重くのしかかっては笑顔を奪う。


  「○○へ行きたいなあ」と思う度に量産された不安が心に重くのしかかり、例えば近所の行ったことのないケーキ屋に行くだけでも、初めて塔から地上に降り立ったラプンツェルのような気持ちになるのだ。


 「楽しみ」よりも「恐怖」が優勢になり、私がやりたいと願ったことのはずなのに、必死になって「やらないための理由」をかき集めるという、何がしたいのか、もはや誰にもわからない状況に陥る。


 失敗したくない。
恥をかきたくない。
傷つきたくない。

怖い、怖い、怖い、怖い……でも、出かけたい。


  我ながらめんどくさい人間だと思う。


 好奇心だけはどうしてか昔から旺盛だった。

これまでの人生、さほど活躍することもないまま、それでも私の心にとどまり続けてきた。臆病者らしく、自分に見合った丁度いい大きさであればいいものの、好奇心までもが持ち主に似て高望み傾向にあり、巨大な好奇心を日々持て余している。


 いろんな価値観・考え方を知りたい。
いろんな景色を見て、その空気を肌で感じてみたい。
いろんな食べ物を食べてみたい。


 そう渇望するわりに、私の器は小い。凝り固まった頭では、価値観の違いをすんなり受け入れられるはずもなく、否定したり怒ったり、拒否反応を起こしたりするのだった。


何がしたいのかと聞かないでほしい。私自身、自分が何をしたいのかがわからないのだから。


 思えばこれまでの人生、人目を気にして俯いてばかりだった。
世間一般の正しさを追い求めることが「正しい生き方」だと信じて疑わず、いつだって誰かの正解を必死で追い求めてきた。


私は間違っているから。
私は何かが足りないから。
私はおかしいから。


そうやって何年も何年も生きてきて、ふと気がづけば、私はすっかり空っぽになっていた。

自分が本当は何をしたいのかがわからなくなっていた。わからないということがまた不安で、世間の大勢の人がやっていることを“自分がやりたいことなのだ”と思い込ませて、やる。世間の人と同じように“楽しまなければ”と無意識に思い込んでは、「楽しんでいる自分」を必要以上に演じてしまう。

そんな生活を続けていくうちに、どんどん自分を見失ってしまった。何がしたいのかはおろか、自分が今、本当に楽しんでいるのかさえ不安になるときがあるのだった。


もしかしたら私は、空っぽの自分を取り戻したいのかもしれない。

これまで俯いていて見逃してしまったものや、とりこぼしてしまった何か、自分の感情や気持ちを、取り戻そうとしているのかもしれなかった。


 それにしても、あまりに長い時間、俯きすぎたようだ。私は「楽しむこと」が随分下手くそになっていた。


 行きたい場所へ行くという自分にとって“楽しい”はずのイベントでさえ不安を感じ、行く前には緊張してしまうのだ。そして私は、そんな自分を心のどこかで恥じているのだ。


 昔、ダメな自分を変えたくて読み漁った自己啓発本の数々。その中で何度も目にした内容がある。自分の見方や捉え方次第で現実の見え方が変わってくる、といった内容だった。書かれ方は本によって何パターンもあれど、「自分次第」は共通していたような気がする。


当時「自己否定」というフィルターを通してその言葉を吸収した私は、その自己啓発本が本当に伝えたかった内容とは違う意味で受け取り、「楽しめないのは自分のせい」=「悪」だと誤った認識をしてしまったのかもしれない。


 さらに厄介なことに、私は完璧主義者で、異様に高いハードルをクリアしなければ「楽しい認定」を許可することができなかった。なのに「楽しめない」ことへの恐怖心までもが大きくなって八方塞がりになった結果、私は女優の道を切り開いたというわけである。


今後は「つまらない」「楽しくない」とも、もう少し仲良くやっていこうと思う。
大根役者になるよりよっぽど実りが多いはずだと切に願う。


 


 


 


 



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