変態四重奏   鬼りんご

変態四重奏は当初は別々の作品として作った四篇をひとつに構成したものです。『距離』は既に発表済みですが、変態四重奏の一部として再掲します。(前の投稿分を削除すべきところですが、鬼りんごとしての最初の投稿作品であり、何より頂いたコメントを消し難いので残させていただきます。)

変態四重奏

         或ひは自縄自縛の恍惚


彼には美しい姉がいて

或ひは歌謡の根拠


彼には切れ長の目の涼やかな姉がゐて
雨の窓にはいつも紺色の蛇を這はせてゐた その朱色の
裂けた舌のふるへと閃き あれがあの娘の本性よと囁かれてゐた

わたしには薄情な弟がゐて
長い睫毛をしばたたかせ いろいろな娘らをまとはり付かせてゐた
菫やたんぽぽを踏むその桐下駄に娘らは踏みにじられたがつた

軒下には灰色の尾の猫がゐて
つややかな黒い背をなでようとして いつ誰が近づいても
すつと頸を縮めまん丸な目で身構へ さて少しだけ撫でさせた

村はづれには四本の大杉のある神社があつて
雪が融けても誰も訪れない境内にひとり来てみると
少年はあまり賢くない女の子を呼び出して
秘密のことをしたくなるのだつた

 (変態四重奏 一)


黒薔薇君の独白

或ひは類型的話者の存在理由 二


早く 私の足を食べてください
白雪をまぶして齧るには今がさいかうです
短い指のいつぽんいつぽんに爽やかな苦味が弾けます
こりこりぽきぽきと歯ごたへもたまりません

初めての方はやはりよく洗つてからの生をお奨めします
あとに残る仄かな酸味と芳香があなたをリフレツシユ
お好みで檸檬・すだち・かぼす等シトラス果汁を添へて

通のかたは洗はずに生を召し上がることが多いですね
臭ひ・汚れ・汗の渾然たる風味は玄にして妙
とりわけ指の間の皮膚の複雑不潔な味と舌触りは
強くセクスイイな絶類の珍味として喜ばれてゐます

関節部のスヂとりわけアキレス腱等は 生は難しいでせう
やはらかくなるまで長時間ぐつぐつ煮込んでください
私の思想が最もよく味はへる部位と言はれております

食べ頃は今 早く早く旬の足を貪り喰つてください


  (変態四重奏 二)


距離

或ひは基本単語の基本義及び基本用法

 罪おほき男懲らせと肌きよく黒髪長くつくられしわれ  与謝野晶子


そなた美男ゆゑ鳥に成ればさぞ見事な孔雀であらう
みどりの羽根を展げあられもなく焦がれ恋ふるがよい
深く果てしなくそなたを犯し堕としてやらうぞ
ああ死にますとをののきうめくまで容赦無く弄んでやらう

雄を犯さむとて雌に生まれ 愚かな雄の到来をこそ待ちかねたぞ
辱められむと転生を遂げたなんぢ目も絢な無用の美男孔雀よ
恥づかしい青孔雀となつてこころゆくまでわななき狂へ
さあ隠してゐる椎茸を出せいちじくを曝せ海鼠を見せよ
わがあらゆるさざなみの花もてその劣情を絞り抜いてやらうぞ
さあ淫らの羽を震はせて歌へ もつともつと啼かせてちやうだいと


   (変態四重奏 三)


天の天

或ひは粗悪な漫画の根拠


倒れてゐます

天は破けてゐたさうです
破けた天だけの視野の中で 蛙はつねに裸でありました
肢の習性のままに冷水之池を脱ぎ棄てて陸に上がると
徐ろに図体を膨らませ さて土鍋蛙は
ぼろぼろ潰れた声で咆えました
声はでこぼこに宙を這ひ風にまろび草を揺らして
さう 世はドナベガヘルのうなりそのものと化しました

枯れてしまひました 芯の芯まで

天の破れ目から見える天に 色は無かつたさうなのです
重たい匂ひはとろとろ積もり痺れた花柄蝶たちは
争つて鳥の内臓を貪り食はずにはゐられないのでした
破けた天の天の破れ目に吸はれぬやうに
ハンケチのやうなハナガラテフたちは
粘つく風にきりきり舞ひを強ひられてゐたさうです

崩れてゆきます

破け破け 破けて 底無しになつた天の天の天から
錆びついた氷の鎖で吊るされたふらここ
が軋むのでした 不覚にも独り後れた恐竜が力任せに漕ぐと
湖底地底海底からの哄笑爆撃の熄む時とては無く
ヲロカノドンの思ひのほか薄い舌はひりひりと千千に
裂け て 散り飛ぶのでありました

熔けてゆきます 誰もが熔けてゆくやうに
天の天の天の無は それを見てはゐないのでした


   (変態四重奏 四)

(こどもだま詩宣言対応  原文は全て縦書き)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?