left alone together 鬼りんご
left alone together 六
或ひは時刻蔑視にみる退行と損壊
仄暗くさみしくて
さ 行こか
香りの絶えた三千里を臨界紀任意の一日が沈んでゆくらしい
幻は おほきく疾く降りかかる雪片群
底無しの鈍雲から絶え間なく噴き出しあとからあとから躍りかかる
閉ざされた窓窓の幻に 疾く
こぼれころがる楽の音の幻に 疾く
そつと寄り添ふ人影の幻に 疾く
渋滞の車列の尾灯群の幻に 疾く
砕かれ焦げ残った瓦礫都市の映像画面の幻に 灰色に
ひらけた河口近い大橋の幻に 疾く
澄んだ無音が汚れのやうにふりかかる 挽歌のテムポで 疾く 疾く
臨界紀任意の一日は ありきたりの ふる雪の幻
生まれて来た子はまだ色を映さない目を閉ざしてゐる
みどり児よ 言の葉に埋もれぬうちに言い放ちなさい ふる雪のやうに疾く
とり残されてゐる 既にわたしはとり残されてゐる と
とり残され 何も知らずに かれらの機体が離陸する
とり残され 烏賊のやうにひしめいて あらゆる画像が展開する
とり残され 気づかぬふりをして 誰もが先を争つて写真を撮る
とり残されたわれわれに遺棄されて 覚醒の夢境が解錠された
とり残されたわれわれに遺棄されて 実相の迷妄が放任された
とり残されたわれわれに遺棄されて 解明の錯誤が歓呼された
さう 目敏くあなたは見窮めるだらう ノイズから対象を彫り出すだらう
高鳴る発語のをののきその時かへり道は絶たれた
われわれ椋鳥の 羽音荒ぶる群れは重厚に罪の野面を波立たせた
われわれ鼬は単身 外部神経の畔伝ひに走り須臾にして姿をくらました
かつてたとへばそのやうにわれわれがあつたと妄想され
遺棄されたあなたに放置されて 悲願の大義が狼煙する
遺棄されたあなたに放置されて 必然の挫折が反響する
遺棄されたあなたに放置されて 苦渋の泥沼が沸騰する
放置されたわれわれに見棄てられて 貨幣は抽象へと摩耗してゐた
放置されたわれわれに見棄てられて 市場は春情へ沈鬱へと媚態してゐた
放置されたわれわれに見棄てられて 兵器は精確に座標を照準してゐた
見棄てられたあなたに置き去りにされて 不在者の氾濫が黙示されてゐた
見棄てられたあなたに置き去りにされて 不在者の哄笑が雷鳴してゐた
既に複合化が複合化された医療には重層医療爆発の備蓄が完了してゐる
既に装備はあらゆる細部がさらに装備されて腐蝕内腐蝕が飽和してゐる
汎犯罪化の潮はわれわれの所持品身体空間のすみずみにまで浸潤してゐる
既に複合の重層化と重層の複合化の飽和過程で複合破局が重層連鎖してゐる
おかへりなさい さあくつろいで ここは置き去られた臨界紀だから
必要なことはすべて 既に諒解されてゐます
必要でないこともすべて 既に諒解されています
必要なことでも必要でないことでもないこともすべて 既に諒解されてゐます
諒解済みのすべては任意の自在編集が即時可能であり
存在するすべての事象は 既に語られてゐます
存在しないすべての事象も 既に語られてゐます
存在するのでも存在しないのでもない事象もすべて 既に語られてゐるのです
とり残されたわれわれに語られてゐない事象などありません
とり残されたわれわれに語られ得ない事象を除いては
忘れてゐなさい 臨界紀ですから
どのみち宇宙は誰にも何ひとつ許したりはしませんから
置き去りにされたあなたに見棄てられて あらゆる言説が呼応する
置き去りにされたあなたに見棄てられて あらゆる交信が錯乱する
置き去りにされたあなたに見棄てられて あらゆる風説が炎え疾る
究めたいだらう 乗り越えたいだらう 何ものもわれわれを止められないだらう それはそれは愛してゐるだらう それがわれわれの見棄てられ方であつただらう
とり残されたあなたに置き去りにされ あなたの薄荷色の気球は潮風に傷む
とり残されたあなたに置き去りにされ あなたの沈丁花は夕凪に身じろぐ
とり残されたあなたに置き去りにされ あなたの鐘の音が半島を離れる
見棄てられたわれわれに放置されて あなたは娘を麻璃亜と名付ける 放置されたあなたにとり残されて われわれは麻璃亜ちやんに花びらのスカアトを穿かせる とり残されたわれわれに遺棄されて あなたは麻璃亜ちやんの髪に水色のリボンを結んでやる 遺棄されたあなたに見棄てられて われわれは麻璃亜ちやんにリラ色のお靴を履かせる
見棄てられた麻璃亜ちやんはお小遣ひで藤色のペンケイスを買ふだらう
放置されたわれわれにとり残されて あなたは麻璃亜に願ひの色も濃い振袖を着せるだらう 大好き 大好きよ麻璃亜
外部しかない外部から捩られ剥ぎ取られ裏返され
内部にしか外部を有たないあなたへと見棄てられた
もうあなたは飛月峡と相似のデヂタル秘境をゆく後ろ姿の旅の人だつた
もうあなたは人を想ひ人を厭ひ買ひ物をし世を嗤つて生きてゆくのだ
もうあなたには私想曲線の刻刻の微分係数の確定がほとんど宿命だつた
幻覚の様式は避け難い洗練を昇りつめ散らかりながら絡まり合つた
時空域を細密に塗り分けるわれわれのあなたの微細けんらんの誤差
の範囲はゼロに収束する
案の定 とり残された誰もがつひ還らうとして過ちするらしかつた
ある時は咄嗟に美しい嘘をついてみた
あるものは想ひを想ひの中へとていねいに折り畳んで狂つていつた
あるものはいちづに滅びを急いだ
あるものは生涯をかけてみづからを忘却する無為に専念した
あけび実る緑深い山里には大小五種おそらくは三万余匹の伶俐な蛇らが
三裂した細かく震へる舌で臭ひを嗅ぎながら凝然と停止し
体温低く血止めぐさをしづかに踏み倒して進むかれらの
玄妙の体色は濡れ濡れの硬い鱗で精緻に図案されてゐた
と 置き去りにされてわれわれは記憶を捏造する
静寂とどろく不可視の具体の不定形の奔流からあなたはとり残されてゐる
時の無い万象もろともの非流転にわれわれは置き去りにされてゐる
とり残された貝殻のあなたはわれわれは縞模様を洗はれて遺棄されてゐる
流れて揺らめき堕ちる明滅はほたるである
闇をひた走るのはむじなの母子である
なまめく闇空を辷るのはむささびの体重である
八本の肢を誤たず統御して地を走るのは蜘蛛蜘蛛蜘蛛
さりげなく悪を愉しんでわれわれは見棄てられてゐる
船内のカメラに手を振つて宇宙飛行士は遺棄されてゐる
髪を長く垂らしたりボブにしたりして麻璃亜は置き去りにされてゐる
壇上の国旗を背に握手して両首脳はひとりひとり放置されてゐる
指輪を交換してふたりはひとりひとりとり残されてゐる
横つ飛びにフアインセイヴしてキイパアは見棄てられてゐる
ステイジ中央でみんなあとシヤウトして麻璃亜はとり残されてゐる
卒業証書を手渡して校長は放置されてゐる
モカチツプフラペチイノを注文して麻璃亜は見棄てられてゐる
コシヒカリを精米しながらあなたは遺棄されてゐる
ストツキングを脱ぎながら麻璃亜はとり残されてゐる
遺棄されたわれわれに遺棄されて われわれの金剛無知は無辺不滅である
置き去りにされたあなたに置き去りにされて あなたの眼差しが渇く
悼むこゑ 叱るこゑ ののしるこゑ 励ますこゑ 祝ふこゑ
よろこぶこゑ 呱呱のこゑ うめくこゑ ささやくこゑ さらには
低い音のワイパアに掃かれる無量の無声たち
一切を冷涼の軌跡に回収し ただ忘れよと幻の雪片は降りかかるらしい
臨界紀任意の一日はありふれた雪の幻
生まれて来た子はまだ色を映さない目を閉ざしてゐる
ひとり見棄てられることをわれ知らず選んであなたはあなたになつたといふ
見棄てられたあなたに見棄てられ あなたの孤島が発熱する
見棄てられたあなたに見棄てられ あなたの渚が未練する
見棄てられたあなたに見棄てられ あなたの波路が潮騒する
ゆつくりといまあなたののどを潤す露は
とり残される前のあなたに沁み透ることができるだらうか
見棄てられたあなたに遺棄されて あなたはほうれん草を少し茹で過ぎる
遺棄されたあなたに放置されて さうだ正しく生きようとあなたは誓ふ
放置されたあなたにとり残されて あなたは朝の玄関のドアを開ける
とり残されたあなたに見棄てられて あなたがわれわれの思ひを掠める
波頭の上をふらつきながら風にめくれ返つてゐるあなたが
見棄てられたわれわれにしかたないよなと遺棄されて
かんけいないでしよと言ふやうに 破けたあなたが放置されてゐる
とり残されたあなたを幻の風に負けぬ大声でわれわれは呼ぶふりもしたがる
遺棄されたあなたに返事のゆとりも趣味も無いのは知つてゐる
行く手の海はさぶいだらうか
(「こどもだま詩宣言」対応 原文縦書き)
作者付言:『ナルシズム宣言』のどさくさに紛れてこのような投稿をします。これぞ偽詩の見本例ですが、本作に関しては、批判悪口罵詈雑言等、ありとあらゆる率直な感想を是非とも「書き留め」て「公表」して頂きたく存じます。(この投稿は、作品?の発表よりも、そのようなワイワイガヤガヤの方に意義を見出そうとするものです。むしろ作者は無責任に傍観し、お読みくださった方々同士の侃侃諤諤の議論が賑わえば最高です。)通常このようなお願いは致しませんが、本作に限り、コメント欄に率直な感想を頂けると有り難いです。(が、コメントゼロという状況ももちろん覚悟しております。)ただ、予めお断りしておきますが、本作に寄せられたコメントにはお返事を致しかねる可能性が高いように思います。(作者へのご質問であれば、もちろん可能な限りのお答えは心がけます。)なにとぞご了承願います。
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