「海からの手紙」 鬼りんご
(行を明示するため、空白行を除くすべての行末にスラッシュを施します。)
「海からの手紙」
或ひは或る夢の解明の試み
(まなこを閉ぢてこゑを浴びよ/
光を浴びるに視力は要らぬ/
水平線に真向かひ ゆつたりと立つがよい)/
○
霞む至近の無限遠点から 明るい浅みどりの湿気を送らう/
聴くがよい 肩なだらかに/
耳ひらけるならば聴くがよい/
連なり連なる光量の縺れ合ひのにがい濃度を/
そこに佇むおまへ/
の知らないおまへを奏でる 粗いぬるい南風を/
不可視の叫びを宙高く凍らせぶち当たり砕ける非情 また/
散り飛沫いてはきらめき翳る迷ひ乱れ悔いの数数/
に 想ひを去つて聴くがよい/
脱却だけが智慧であると/
送る風は/
波濤に先駆けて渡る豪風は 届いてゐるか/
送る波は/
風にあらがひ猛り迫る蒼波は 寄せてゐるか/
まなこ微かにひらき 濁りを深めるとどろきを吸へ/
耳深くひらき 揺れては移ろひ走る翳りのうちに惑へ/
○
うなはらにふねのみちとてなかりけりふねゆくみちそふねのみちなる/
○
棄てよ/
忘れよ/
晒されよ/
靡け/
悔やめ/
謝罪せよ/
崩れよ 沈め 嘆きに揉まれて生きよ/
○
不意に存在の裏面を詳細に読み解きつつ滴り落ちるであらう/
盛り上げては揺さぶり荒ぶつて引きずり落とすであらう/
忽ち寒さが立ちはだかるだらう/
(以下解読不能)
*本題名は夢に現れ、明瞭に文字で読み取られたもの。差出人たるべき海による手紙本文は無く、海の諸光景だけが暫くたゆたっていつしか消えてゐた。夢の中で、かつ本文不在とはいへ、受取人の小賢しい解釈が徐々に本文への混入の度を深める故もあつてか、豊饒の全内容を追跡しきれず冒頭の一部しか記録の叶はぬことを遺憾とする。
**この歌は若杉慧の短い歌論の末尾に掲げられてゐたが、出典未詳。「(古歌 読人知らず)」とあつた。
(「こどもだま詩宣言」対応 原文縦書き・行末スラッシュ無し)