枇杷少女 鬼りんご


枇杷少女

     或ひはありふれた話者の存在理由 一


ひとつじゃぜんぜんだめだから
たくさんの枇杷になつてみたんだ
たくさんの実に混ざつてたくさんの実でゐると
どの実までが自分でどれからが自分でないのかわからなくなる
びはびは枇杷びはまた枇杷
どれが自分か自分でないかなんてどうでもいいのだつた

びは といふ名前について深く考へたことはなかつた
いざなつてみると この名前 わりと好きかも知れない
牧びはの実 です 趣味は 青空観察 です とか
自己紹介もけつかういける
でも漢字で 枇杷 つて書くと なんか違和感ある
枇杷?これつてほんとに私だらうか
枇杷 と書くほど 私はちくちくしてゐない
葉つぱは確かに多くて硬い けど枇杷と書くほど尖つてもゐない
枇杷といふ字は 葉つぱばかりで実なんかひとつも無ささうだ
なのに今日 竹原先生は言つたのだ
漢字の枇杷か うむ 全然びはの実らしくないとこがいいね
さうだらうか ほんたうに枇杷は私の名でいいのだらうか

びはでゐることのしあはせ
この大きさでいい と思へる
この色でいい
少しぐらい長細くても丸つこくても気にならない
この すべすべなんかしてゐない表皮がいい
たよりない甘み 仄かな酸味 おほざつぱな充実
中途半端なこの重さ 傷つきやすいこの固さでいい
お尻からするうつと皮を剥かれるのも好きだ
剥かれると 少しざらざらの肌は水気に光つて
ぢかに風に当たるぞくぞく感
びはの実はしあはせの実だ

歯が当たり 唇の内側や舌や歯茎がこすれるが
齧られたり噛まれたりはあまり気にならない
だつて それはもうほぼ私ぢやない
私の種はこつくりと大きくてわかりやすい色と形だ
種と果肉の体積比も私の密かな誇りだ
この くりつとした種こそ枇杷の精髄
さう私は主張したい
お願ひだから 土に埋めて 新しい私を育ててほしい



(「こどもだま詩宣言」対応  原文縦書き)

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