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「都合がいい小説」はいかに生まれたのか

夏のピルグリム」発売から4ヶ月の間に、多くの感想をいただきました。様々なサイトやSNSの感想をできる限り読んで、次回作の参考にしています。
いただいた感想の中に、「都合が良い」「現実にはこんなに良い人ばかりに会えない」という意見がいくつかありました。

夏のピルグリム」は、中学生の夏子が神奈川から宮崎まで旅する物語です。お金がない夏子たちは、旅先で出会った人に助けられて、旅を続けます。出会う人たちがいい人すぎて、非現実だというのです。
読者が非現実的だと感じてしまうは作家の問題です。作家である僕が、「夏のピルグリム」のリアリティ・ラインに沿って書けていないのが悪いわけです。
夏のピルグリム」は現代劇にも関わらず、現代社会では出会えないような人物ばかり登場するから、読者は「非現実的」だと感じたのでしょう。
小説というのは本来「都合のいいもの」で「非現実的なもの」です。トリックが使われた殺人事件は滅多に起きないし、死神も幽霊に会える人はいないでしょう。
それでも、読者が小説を読んでおかしいと思わないのは、その物語の「リアリティ・ライン」が読者に伝わっているからです。リアリティ・ラインとはその物語内の現実の線引きです。ミステリーにはミステリーの、ファンタジーにはファンタジーのリアリティ・ラインがあって、それがきちんと伝わっていれば、読者は不自然に思いません。
ミステリーのリアリティ・ラインが敷かれているのに幽霊が登場したら読者は変に思います(幽霊が登場するミステリーのリアリティ・ラインが敷かれていたら問題ないです)。

夏のピルグリム」における「都合のいい人」問題は、改稿時に気づいていました。中学生が旅を続けるためには、いい人を配置すること必要でした。その上で、あまりに都合のいい出会いだと思われないために、悪い人にも出会うし、いい人でも露悪的な部分を見せるように改稿中に変更しました。
また、童話的な要素を全編に挿入して、「リアリティ・ライン」を多少下げました。本編とは異なる童話を含めることで、お伽噺的雰囲気を全編に施したつもりでした。

それでも、読者が「都合のいい人ばかり」と感じてしまうのは、僕の力量不足です。
その前提で思うのは、僕が考えているより「この社会は悪い人」ばかりだと思っている人が世間には多いということです。
実際に、家出した子供を家に泊めて襲ったり、殺人事件になった最悪のケースもありました。でも、報道されないだけで、家出少女を親切にした人もいるはずです。報道されていることだけが、すべてではありません。
しかし、読者の中には、犯罪に巻き込まれる危険性があることを「冒険」として取り上げることに違和感を覚えてしまう人がいるのでしょう。
そこは、僕の現状認識にズレがあったのかなと思います。

繰り返しになりますが、こういった感想を否定するのではなく、自分の配慮不足と乏しい現状認識を痛感し、次回作に活かしていきたいと思います。

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