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[短編]園世 #5 月とスッポン

パチパチと音がするなかで一人の年配のおじさんが出てきた。

「どーも。スッポンの“年の功”です。えぇ、最近になってようやく、舞台で生計を立てられるようになりました。長年に渡り、応援してくださった皆様に心から感謝申し上げます」

拍手が、いっそう大きくなった。

「亀の寿命は長いものでねぇ、140年くらい生きてるのもおるんですわ。そうなると、記憶力というものが無くなってしまう。わたくしも年寄りですねぇ。かれこれ100年近くは生きてますわ。最近はほとんど記憶できないようなもので、今日話すことも忘れてしまうかもしれない」

周囲から笑い声が溢れた。

「亀はよく兎には勝てないと言われますね。何と言っても亀の甲より年の功だと。永い年月を経ないと勝てないと。でもね、最近思うんですよ。兎でも亀のように貪欲にひたむきに努力する者はいると。だからね、兎が勝つ人生とまでは言わないですけど、少しは差があることは事実かもしれませんね」

背景には、外国の野球をプレーしている選手が映し出されていた。

「だけどね、亀だって好んで亀になってるわけではないです。ある分野において、やっても伸びない。話を聞いてもすぐに忘れてしまう。だからこそ、亀なのです。でも、覚えておいてください。亀は負けではないのです」

年の功は原稿も見ずにすらすらと話していく。

「私の地元にうさ公という者がおりました。勉強もスポーツも万能。おまけに顔がイケメンでございますから、世の女性は心が揺れないわけには行きません。うさ公はある分野において私とライバルだったのです。それが、面白さでした」

「面白さなんて、競うものかと思うかもしれません。だけど、私は面白さに関してはプライドを持っていたのです。誰かの笑い声を聞くことに対して闘志を燃やしていたのです」

「同じく、クラスで笑いを生んでいたのがうさ公でした。私はうさ公が笑いを生むたびに不安になりました。ひょっとしたら、私のことを見捨ててうさ公の話しか聞かなくなるんじゃないかと」

「私は必死に面白さの練習を重ねました。面白くないことに対して、面白いねと逆説的なことを言うことで笑いを取ることだったり、時には芸人のネタをそのまま引用したりという品のない行為までしました。ただ、うさ公のセンスには追い付きませんでした。また、私の考えた状況に、ぴったりと当てはまることなど一歳なく、とんでもなくバカであったことを認めなければなりませんでした。私は、うさ公の凄さに圧倒されてしまいには押し黙るという結果に陥ってしまいました」

「毎日、うさ公が私の顔を見て、皆を笑顔にしていました。私の顔を見てネタを披露する彼の愚弄に心底うんざりしました。私は、いつからか彼に勝つと思っていた笑いのセンスまでをも蝕まれていったのです」

「ところが、彼は不登校になってしまいました。私は先日、うさ公が私の顔を見てネタをしているのを思い出しました。なるほど、と思いました。私に対して、あれは見せしめのネタでもなく、彼は私に助けを求めていたのだと解りました。運動も勉強も万能であったうさ公がなぜそのようなルートを通ったのか。答えは単純、笑いを取るということは、とんでもない不安と喜びが入り交じることだからです。私がいたその場所には誰でも居れる場所でも無いからです。私はこの事件でそんなことを学びました。誰かが出来ても、他の人が出来ないことがあるんだと。だからこそ、世界は誰かを必要としてるんじゃないかと。そんな風に思ったりしてます」

「私は半分嘘をつきました。うさ公は、不登校では無かったのです。ただ、一週間だけ学校を休んで、海外に住んでいたおじいちゃんの法事に行ったと言うのです。先生がうさ公の休んだ理由を言わなかったので、私は大いなる勘違いをしていたようです」

「ただ半分本当で、うさ公はクラスで笑いを取るのを露骨にやめました。私はそこでようやく先程のことに気がつきました」

「私がネタをやっていると、彼が笑顔で笑ってくれていました。私はあの笑顔が愛おしかった。私はその笑顔がなければこの仕事を志そうとは思っていなかったかもしれません。まぁ、多分思っていましたけどね」

聞き入ってシーンとなっていた会場を笑いの渦で包んでいた。

「だからこそ、亀は負けでもない。
亀は何をやってもあまりうまく行かないからこそ自分の出来不出来を知ってるんだと思っている。
だからこそ、正直者でいいんです。
自分が亀であることを恐れる必要は何処にもないです。
見栄も張らずに正直に生きてください。
兎はあまりバカにしてこないです。
亀を見るほど余裕でもないです。
色んな動物たちも月とスッポンのように同種には見えないほどの違いはあるかもしれませんが、それはそれでいいのです。
自分にしか出来ないこともありますので」

亀は礼をして、また次の話へ入っていく。今夜は大盛况、客でびっしりと埋まっている。

橋本さんやニートンさんや、セミや庭野くんや若松さんまでもいた。

彼等はお互いの生きていくためのストーリーを共有させながら今日も生きていく。

決して嫉妬することもなく。ただ、お互いに与えられた使命やお互いに与えられた物に対峙している。

ここまで多種多様な世界でも皆助け合って生きれるということを園世が教えてくれる。

彼等動物たちは、夜が明けてもまた過去に沢山の悔しさと喜びを刻みながら生きていく。

たった一つの園世の中で。


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