運動経験ほぼゼロから110キロを26時間で歩ききるまでの話。糸島三都110キロウォーキング2024 体験記 当日編(2/2)
【未踏の領域 ~第2チェックポイント 56.1km】
第1チェックポイントの加布里漁港を出発して、しばらく町中を歩きます。かしわおにぎりだけでは足りなかったのでコンビニでお菓子を購入し、歩きながら食べます。日没が近づいてきたので薄手のパーカーを取り出し寒さ対策、さらにヘッドライトを準備します。これから山の中を歩いて行くので街灯は期待できません。
ここで想定外の事態が2つ発生。
準備していたヘッドライトの輝度が足りず全然足元を照らしてくれません。予行練習では街明かりがある場所だったので気づかなかったのが失敗の原因。このまま山道を進むと危ないと思い、コンビニで懐中電灯を購入しその場で電池を入れて乗り切ることに。
もうひとつの想定外は右足にマメができたこと。これまでの練習では一度も出来なかったので油断してました。絆創膏とテーピングは準備してたので途中のコンビニの駐車場で応急処置。電灯の下で処置していたら車から降りてきたお姉さんが「頑張ってくださいね」ってパイの実をくれました。弱っている時にこんな気遣いはありがたい。靴下も履き替えて気分を変えて歩み出します。
夜中に山道をひたすら歩くこの区間は見どころがない区間かと思っていましたが、途中でホタルの群れに出会えたことは嬉しかったこと。糸島の知らない一面でした。
次エイドの井原住吉神社には、ほぼ予定どおりの22時前に到着。このあたりから体中の痛みが気になりだし、完歩できるか不安が頭をよぎります。夜間はなるべく前の人と離れないように歩きたいので、同じペースで歩いてくれそうな人たちを探し休憩中の皆さんの様子を伺いますが、さすがに疲れと体の痛みが表情に出てきてます。
さらにこの時間から小雨が降りだします。予報ではもっと明け方からの予報だったけど早めに雨具の準備。体験記ではゴアテックスとか高価な雨具を勧めるものが多かったですが、今後使う機会があるか分からないので結局セブンイレブンのレインコートを準備しました。湿気を逃す構造もあり意外と丈夫でしっかりしてます。防寒具にもなってくれました。ゴールまで大雨が続くとわかっていたので足元が濡れるのは仕方ないと諦めました。その代わり湿気を逃してくれるソックスに履きかえ。結果的にこれで乗り切ることができました。
このあたりからで音楽を聴き気分を変えながら、夜道の寂しさと体の痛みをごまかします。まずは折り返しまではたどり着きたい。そんな気持ちでひたすらに歩き、第2チェックポイントでありスタート地点の志摩中央公園にたどりつきます。いやー長かった。
雨で冷えた中、温かい糸島そうめんちりが配布されます。屋根の下で温かい食べ物を食べながら、リタイアの誘惑がこれまで以上に湧いてきます。マメを気にしながら歩いてきた右足が気になっています。これは痛みがひどくなりそうだなと思う気持ちと、まだ大丈夫!行けるところまで行ってみよう!との気持ちのせめぎあい。外は雨。周りの人たちも離脱組と出発組に分かれます。最後にはここまで来たし、やれるところまでやってみようの気持ちが勝り、意を決して出発です。
頑張って!のスタッフさんの声が響きます。
【行けるとこまでいってみよう ~第3チェックポイント 87.6km】
雨は本降り。風も強い。前半に絶景だった海沿いは暗闇。波音だけが聞こえます。心配してた右足は足裏が痛みだします。きっとマメを気にしながら歩いてるせいで周辺部分に力が入ってるぽい。ここで最初のロキソニンを飲みました。雨は強くなったり弱くなったり。この辺りはひたすら次のエイドを目指して進みます。次のポイントまでつくことだけを考えていたので、景色の記憶はありません。だんだん夜が明けて懐中電灯が必要なくなります。手元の荷物がなくなるだけでちょっと楽に感じます。第3チェックポイントの加布里漁港に着いたのは明け方の8時過ぎ。もうやめちゃおうかという誘惑が一番高まったのがここ。右足の違和感は残ったまま。足裏だけでなくふくらはぎにも違和感が移ってきてます。翌日以降に影響でちゃうよなぁと思い、また次の機会に挑戦できるから今回はやめていいじゃないという心の声と、ここで頑張ったんだ!歩き切らないと次がない!との声のせめぎあい。
周りの参加者も同じような状況だったようで、実際ここまでで4割の方がリタイアされたそうです。
【つらい、痛い、泣きそう ~ゴール 112.2km】
ウォーキングはどんなに苦しくても足を一歩前に出すことで「歩き」続けることができちゃいます。意地で一歩は進めます。ここまできたら行けるところまで行ってみよう。その気持ちだけで一歩を踏み出します。
休憩中に右足には足裏とふくらはぎにテーピングをして痛み対策をしましたが、その効果もわかりません。2錠目のロキソニンをここで使います。効いていたとしても体に負荷が掛かっているのはわかってます。誰との競争でもなく、自分の限界との勝負。かつて相撲で貴乃花が怪我を押して千秋楽に出場し優勝したシーンを思い出します。小泉首相が感動したって叫んだあの場面。感動したけどその無理が影響したのか、貴乃花は怪我に苦しんだのだけど、後を考えるのじゃなくて、今ここでやりきれないと意味がないっていう気持ちです。
今までは前後に人がいましたが、この頃になると離脱者も多くなり前後に参加者の姿が見えず、ひたすら孤独な闘い。さっきまでは次のポイントまでが目標でしたが、この時期は目の前の一歩、目の前の一歩、それだけを考えていました。モバイルバッテリーが切れたので音楽を聴くこともやめました。ひたすら自分と向き合います。途中で、100キロの表示が見えました。あと12キロが途方もなく感じます。なんで100キロがゴールじゃないんだろと考えてもどうしようもないことが頭をよぎります。
足が前に出ないから試行錯誤で工夫しながら足を前に前に進めていきます。骨盤を両手で支え、ふとももから足を前に出していきます。もう気合だけ。
24時間テレビのマラソンで、最後、こんなシーンがあったよなって思い出します。24時間で100キロマラソン。ほぼ同じ状況です。こんなにきつかったのかなって想像します。でもこっちは好きで歩いてるだけで誰に頼まれたのでも、誰を救うわけでもないだから文句は言えません。そしてテレビカメラもなく誰が見てる訳でもありません。ひとり、歯を食いしばって歩き続けます。
雨は降り続いてます。田舎道なので歩道はでこぼこ。水たまりも多いです。靴の中も水びたし。車から水をかけられることを何度もありました。そのたびに何かを思うこともなく、目の前の一歩を進むことしか考えられませんでした。
ゴールが見えてきました。本当ならペースが上がるタイミングでしょう。でも一歩づつ進むのが精いっぱい。見えてるのに遠い。ここでも何人にも抜かれながらやっとの思いでゴール会場に近づきます。ゴール前で気持ちが変わるかと思ったけど、一歩一歩の積み重ねでたどり着いたとしか言えません。直前までは泣くかと思うほど辛かったけど、ゴールテープを切る瞬間は笑顔を見せることができました。ほんと、きつかった。。
妻と一緒に迎えに来てくれていた中三の息子は、日ごろ見せない父の姿に「マジすごい」と感動してくれてました。子どもの尊敬を勝ち得たことが一番の成果だったかも。
【後日】
最終的に26時間ちょっとで完歩できました。大会全体の完歩率は47.9%で、過去の中でも過酷な大会だったようです。帰宅後は風呂に入ってすぐに爆睡。翌日になって右足のふくらはぎの痛みが引かず病院に行きました。110キロ歩きましたって言ったら「歩きすぎでしょうね」と言われました。はい、そう思います。マメをかばって歩いたから変な力が入っていたようです。
妻が私のゴールを待つ間に運営の方を話を聞いていたようで、大会後1週間くらいは筋肉痛で動けないけど、しばらくしたらきっと次の大会を探し出しますよって言われたそうです。アル中(歩く中毒)って言うらしいです。
今のところ、まだ次の大会は申し込んでないですが、全国にいろんな大会があることは調べてます。申し込むかどうかは、、、まだ未定。
<完>