2007ペルーの旅#2|原産地のじゃがいもは塩だけでイケる話|Travelogue
マチュピチュからクスコに戻り、すぐにプーノ Puno に向けてバスで旅立った。直行バスで8時間の長旅だ。窓に流れるアンデスの景色を楽しみたいから午前の便に乗る。
ラ・ラヤという標高4335㍍の峠を越えるあたりは、冠雪したアンデスの峰々が連なっていて壮観だった。アルパカなのかリャマなのかわからないが、斜面を駆け下りている姿が遠くに見える。これまでいったいどれだけの旅人がこの景色にみとれてきたんだろうかなど考えると、距離だけでなく時間も旅しているような気分になる。
プーノのバスターミナル内にはチチカカ湖ツアーの客引きが結構いたが、相手にせずにタクシーで街へと移動した。標高3800㍍でバックパックを背負って歩くのはちとキツいから。宿で荷を解き、夕食を探して街をブラつく。ロンちゃんたちと合流しようと思ったのだが、1日違いでプーノを出たらしい。彼女たちが向かったのはアレキパで、理由はクイ(テンジクネズミ)が食べたいから。いいじゃないの、食欲バンザイ!
翌日からチチカカ湖の1泊ツアーに参加した。船がまず向かったのはトトラという葦の一種でつくられたウロス島。湖に浮かぶ島だ。この人工の島にはウル・チパヤ語族系の人々が暮らしている。いくつもの島がプカプカ浮いており、そのうちのひとつに上陸するとモフッとしたような不思議な感触が足裏に伝わる。ここには住居だけでなく、大きい島では学校や病院なんかもあるらしい。ほとんどの材料は島と同じトトラ製で、景観的に見分けがつきにくい。そんなベージュの単調な色彩の中で、太陽光発電パネルだけが異質な光沢を放っていた。
ひとしきり家々を見学し、トトラ舟に試乗し、民芸品を物色すると、ほかにやることはない。船は再び出航し、やがてめざすアマンタニ島 Isla de Amantani に着岸する。港から宿泊する集落まではけっこう高低差があるようだ。
宿泊先はあらかじめ決められていたのかその場で決めたのか曖昧だが、迎えに来ていたホストのおばさんたちの背中を追い、つづら折りの道を息を切らしながら登る。湖面高さの3810㍍にプラス100㍍くらいは余裕であるような気がした。現地の人たちの中にはコカの葉が入った袋を腰にぶら下げている人もいて、葉っぱ噛み噛みでドーピング。だからなのか、足取りが軽い軽い。
土壁の素朴な家の2階にある、さらに素朴なベットのみの部屋が与えられた。荷物を置いてひと息ついたらすぐに遺跡探訪のプログラムに参加させられた。ツアー参加者で島の頂上付近までトレッキングし、プレ・インカがどうたらみたいな講釈を受けた気がする。
それが終わると夕食の時間だが、この食事がまた質素で、茹でた(蒸しただったかも)じゃがいも、キヌアとトマトのスープだったと思う。翌日の朝もじゃがいもとゆでたまごで、ふつうブーブー文句言いたくなりそうなところだが、なんかじゃがいももトマトもゆでたまごも滋味深く、塩だけの味付けだけどシンプルさがよかった。この献立でおいしい・満足と思えたことが、逆に新鮮だった。
夜は夜で、なにもすることがないからなのか、ツアー会社がダンスパーティという企画をぶっこんでいた。公民館みたいな場所にツーリストもホストファミリーも集まり、民族舞踊を見たり踊ったりしたのだが、自分が踊った記憶がない。参加はしたが、細部はほとんどおぼえていない。きっと楽しくなかったんだろうな。
それよりも帰り道の雲の切れ間に浮かんでいた星々の輝きのほうが印象深かった。何枚か重ねた毛布が寝返りもしづらいほど重くて、寝心地はよくなかったのだが、無事就寝し一日が終わる。
ここから先はもはや記憶が混濁しているのだが、翌日は別の島に上陸したような気がする。とは言っても地図上では隣のタキーレ島以外にはありえない。昨日以上に急な坂道を登り、そこで昼ごはんを食べて、そして来た道を戻るという中身のないプログラムだった。いや、高台から眺めるチチカカ湖は陽の光をキラキラと反射し、とてつもなく美しかったことは揺るぎない事実ではある。
桟橋付近には織物の民芸品を売ろうと現地の人が露店を並べていて、どっちの島だったか忘れたが、船に乗る前にお土産用の耳あて付きのニット帽をいくつか購入していると、欧米風のツーリストから「おーおー、こんなところで割高な値段で買わされやがって」的な白い視線を感じたことを思い出した。ほんと感じ悪いくらい誰も何も買っていなかったんだけど、そんなに値切ることが大事ですかアナタ(そして昔の自分)、と言いたい。そういえばホストファミリーの家でも1,2点お買い上げまいどありだったから、朝にゆでたまごが付いたのかもしれないなあ。
さあ、クスコに戻ろう。行きたいところがあるんだ。
プエルト・マルドナド Puerto Maldonado ――それはクスコから行ける最も近いアマゾン熱帯雨林の街だった。旅マエにリストアップしていた場所だが、最終的にここに行こうと決めたのはプーノにいたときだ。ロンちゃんたちを追ってアレキパに西走し、そこからナスカに向かうプランもあったのだが、イマイチその気分は盛り上がらなかった。それよりも、乾燥した日々を何日も送っていると、暖かく湿った空気に浸りたいという気持ちが強くなった。もちろんここまで来たからにはアマゾンの一端を見聞きしておきたいという自称釣り人の欲もあった。
クスコで泊まった安宿では、シャワーを浴びている間に財布から紙幣が何枚か抜き取られていることに翌日気づいた。「疲れただろう、シャワーを使え」と勧めてきた宿のスタッフの仕業であることは間違いない。すぐに気づかれないように、高額すぎない紙幣を狙って抜いているところが常習犯であることを想念させる。世の中いい人間ばかりではもちろんないのだ。
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