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「ルミちゃん」と「ばあば」~ばあばside2

ばあばside1⇐ 

今どきの若者は、結婚すると新婚旅行で外国に行くんだろ。テレビでよくやってるからあたしは知ってるんだよ。でも、ルミちゃんはあたしがいるから新婚旅行に行けない。あたしは、ルミちゃんにはうんと楽しんでもらいたいのにさ。どうしたらいいんだい。

そしたら、ある日ルミちゃんと青年が、あたしも一緒に旅行に連れて行くって言うんだ。もちろん外国じゃないんだけど、「ばあばも一緒に行けるところが見つかってよかった。」って、ルミちゃんは大喜びさ。
あたしが大変じゃないように、青年は車を借りてきてくれた。その車に乗って、みんなで旅行に出かけたんだ。お家からそんなに遠くないところだったけど、広くて素敵なお庭があって、外国みたいな旅館だった。空気が澄んでいて、息を思い切り吸うと、体全体が生き返る感じがしたよ。
ルミちゃんたちは、温泉が気持ちいいって言ってたけど、あたしはお風呂が好きじゃないんでね。でも、足湯は気持ちよかったね。あたしは、ゆっくり足湯につかりながら、お庭をながめておいしい空気を味わった。
こういう感じを幸せっていうんだろう。あたしは、もう本当に幸せ過ぎて、思い残すことなんてないって思ったよ。

しばらくしてルミちゃんに赤ちゃんが生まれた。
ルミちゃんによく似た、元気でかわいい男の子だよ。
赤ちゃんが生まれたら、いよいよあたしのことなんか構っちゃいられないって思ったけど、ルミちゃんは全然そんなことはなかった。これまでと変わらずに、あたしのお世話をしてくれたのさ。ルミちゃんは、あたしを施設に戻す気なんてさらさらないんだ。

赤ちゃんは泣くのが商売だからさ、夜中だろうが何だろうが構わずに泣くんだよ。青年は、ルミちゃんに変わりばんこに赤ちゃんのお世話をしようって言うんだけど、ルミちゃんは、青年が昼間お仕事で大変だから、青年を起こさないように夜どおし赤ちゃんの面倒を見てるんだよ。
で、昼間はあたしのお世話もあるだろ。ルミちゃんは、疲れ切っていてさ。あたしはルミちゃんがまた病気になっちまったらどうしようって、気が気じゃなかったよ。

ある日、ルミちゃんはよほど疲れていたんだろう、洗濯機を回しながら、たんすによりかかったまま寝ちまったんだ。赤ちゃんもルミちゃんのお膝の上で、すうすう眠っている。
あたしは、この隙に家を出ていくことにした。これ以上、ルミちゃんに迷惑はかけられない。ルミちゃんがやらないなら、あたしは自分で施設に行けばいいんだ。施設の職員さんも、いつでも戻ってきていいよって言ってたしさ。

玄関には、あたしが開けられないように、しっかりカギがかかってる。あたしは前に、一人で散歩に出かけたことがあってね、ちょっと近所を一回りしてただけだったのに、ルミちゃんと青年が大慌てであたしを探したらしい。そんなに心配しなくたって大丈夫なのにさ。それからは、あたしが一人で散歩に行かないように、難しいカギをかけてるんだ。

でもね、この日は、あたしとルミちゃんが出会った日みたいにぽかぽか暖かくてさ、お庭に面した窓が開いていたんだ。あたしは、心の中で、ルミちゃんに、「ありがとう」と「さようなら」を言って、外に出た。
そして施設に向かったのさ。施設からルミちゃんちは車で少しだった。あたしがいくら年寄りだっていったって、歩くのがゆっくりだって、日が暮れるまでには着くだろうよ。

あたしは随分と歩いたと思ったんだが、なかなか施設に着かなくてね。日は暮れ始めるし、昼間はぽかぽかしてたけど、だんだん寒くなって来るし。とうとうあたしは、道端で動けなくなった。でもね、もう、十分なんだよ。あたしは、もう十分すぎるくらい良くしてもらったよ。これ以上、ルミちゃんに迷惑かけるなら、ここでのたれ死んでも本望ってもんさ。

そのとき、聞きなれた声がしてきた。青年だ。あたしは見つからないように、身を小さくして草むらに隠れようとしたんだが、すぐに見つかっちまった。青年は持ってきた毛布であたしをくるむと、抱えて、お家に帰った。

玄関を入ると、ルミちゃんが怖い顔をして立っていた。あたしが、ごめんよと言おうとしたら、ルミちゃんはあたしを抱きしめて、「ごめんなさい。ごめんなさい。」って、言ってわんわん泣き出した。ルミちゃんがあんまり泣くから、赤ちゃんもエンエン泣かせちまった。
なんでルミちゃんが謝るんだい。悪いのは全部あたしなのにさ。ルミちゃんに楽をさせたいと思って、かえって迷惑かけちまった。それに、心配かけて泣かせちまった。あたしなんかのためにさ、もったいないよ。わかったよ。わかったよ、ルミちゃん。あたしは、もう自分から出て行ったりしないよ。本当にごめんよ。


それからのあたしは、せめてもの恩返しに、赤ちゃんの面倒を見ることにした。あたしは、赤ちゃんを抱っこはできないけど、寝ている赤ちゃんの隣で横になって、赤ちゃんが泣くと、よしよしとお腹をトントンしたり、おもちゃであやしたりしてあげた。少しはルミちゃんの役に立てたかもしれないけど、ルミちゃんはあたしに、「ばあばが、赤ちゃんを見てくれるから、助かるよ。ありがとう。」と、毎日言ってくれるんだ。あたしは、それ以上にたくさん、ルミちゃんに迷惑をかけてるっていうのにさ。本当に、やさしい、いい子だよ。


赤ちゃんが三つになってぼくちゃんになった頃、あたしは、もう片方の目も見えなくなった。そして、とうとう起き上がることもできなくなった。もう、施設に戻してくれと思ったが、ルミちゃんは、それでも変わらずにずっとあたしのお世話をしてくれた。

その日は、ルミちゃんと出会った日みたいに、空気がからりとしていて、ぽかぽかと暖かい朝だった。あたしは、いつもより、ずっと気分がよかった。
あたしは見えないけど、ルミちゃんも青年も三つになったぼくちゃんも、あたしのことを見ているのがわかる。ルミちゃんは、なぜか泣いているみたいだ。あたしは、いい気分なのにさ。

ルミちゃん泣かないでよ。ルミちゃんには、青年もぼくちゃんもいるじゃないか。こんなおばあちゃんは、もうお役御免だよ。あたしがいなくなったら、ルミちゃんは楽ができるよ。あたしは、人に迷惑をかけるのは嫌なんだ。なんて、ずいぶん迷惑かけちまったけどね。
ルミちゃんのおかげで、あたしは本当に幸せだったよ。

あたしは、ルミちゃんにありがとうが言いたくてさ、ふうっと息をはいたら、眠くなって、ふわりと体が軽くなった。ああ、楽ちんだ。

ルミちゃん、悲しまないでよ。
あたしは、これで好きなときに好きなところへ行けるのになったのさ。
ルミちゃんのことは、これからも遠くからずっと見てるよ。


  ⇒ルミちゃんside


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