私とnote90 #色見本帳「雨の日の薄暗い夕方の色~紫陽花」
三羽烏さんの、色企画に参加します。
季節外れですが、私の書道の師匠のエピソードです。
小学校1年生から、近所の書道教室にかよい始めた。
書道教室を経営していたS先生は、私が書写書道教育にたずさわる大きなきっかけとなった恩師である。
S先生は、書がとても上手で尊敬していた。
私は、先生ががなくなるまで、20年間ずっと通い続けた。
まだ私が小学生だったある時、展覧会用の手本を借りる用事があって、当時の教室の2階にあるS先生の部屋に初めて行った。
S先生のお家は、昔、料亭をやっていたので造りが独特だった。昔ながらの床の間のある和室がいくつかあって、その一室が先生の部屋だった。
私は、先生の部屋に入ってとても驚いた。
部屋の内側の襖4枚にわたって、全面竹藪が描かれており、右下に小さく、その竹藪の中を歩いている童子たちが描かれていたのだ。
S先生が描いた、日本画。
S先生は、J美大を卒業していた。
本当は、日本画の絵描きになりたかったんだそうだ。
親に反対されて他の仕事に就いたらしい。
書道を始めたのはその後とのこと。
先生は、教室に飾ってある紫陽花の絵についても話してくれた。
先生の絵の師匠に、紫陽花を描くように言われたのだが、紫陽花の葉の色が表現できなかったんだそうだ。
紫陽花の葉って、緑でしょ?と言う小学生の私に、先生は、
「紫陽花の葉はね、緑じゃないのよ。」と言った。
当時は、その意味がよくわからなかった。
先生は、親に反対されたのもあるが、きっとそれを押しきって絵描きで生きていく自信もなかったのだ。
色が難しいと言っていた。
智恵子抄で有名な智恵子は画家で、セザンヌに傾倒していたが、やはり色彩で悩んでいたという。
S先生は、何度も何度も描き直し、やっと出来上がったのが、その紫陽花の絵の色だった。
今思うと、その紫陽花の葉も花も、雨の日の薄暗い夕方の色をしていた。
コチラ↓↓↓の記事から、一部抜粋して再掲しました=^_^=