小説「浮遊の夏」④ 住野アマラ
私たちはやっと墓参りに出発した。
昔の記憶を頼りに海沿いを歩く。
頭の上にはトンビがピーヒョロロと旋回し、岸壁にはカモメが並んでいる。
やっぱり空気が違うなぁ。
二人で同時に深呼吸する。
太陽がいっぱいのメロディーが思わず口を出た。
「それ太陽がいっぱいの曲だよな」
「そう、一回歌うと頭からはなれなくてさぁ」
「分かる、分かる」
「♪たたぁ~たーらり~らりらららりら♪」
「アランドロンが殺した奴のサイン練習するシーン、あそこ良かったな」
「ラストじゃなくて?」
「あのシーンがあるからラストが活きるんだよ」
「ふーん」
分かったような分からないことをゆう人だ。
道は案外覚えていなかった。
これはもう駄目かと諦めそうになりかけた時左手に寺が見えたて私のボルテージは一気に上がった。
「あ、ここ、ここ」
「この寺か?」
「じゃなくて前に来た時にお母さんが勘違いしてさぁ、あやうく違うお寺のお坊さんにお布施渡すとこだったの」
「おっちょこちょいなとこあるなお母さん」
「ちょうどご住職が出かけるとこで挨拶したら変な顔してさ」
「それで気づいたの?」
「ううん。しばらくしてから」
「それで?」
「だからもう少し歩くと本当のお寺が左側にあるの」
門の前で母を撮った写真を一枚持ってきていたので確認してみる。
間違いない。この場所だ。
この写真の中の風景と現在は時間が経ってはいないように思えた。
写真を撮った時に一瞬目を閉じて、目を開けたら…ハイ「今」だった、というような不思議な感覚。やっと戻ってきた安堵感が同時にあった。
とにかくお墓参りをしよう。
墓地の真ん中辺りにあるはずのお墓を探す。
確か、大きなお地蔵さんがあって、すぐ横の古い木の墓標だったはず…。
しかしいくら探しても見つからない。
「マジか。ここまで来て。マジか」と連呼する声を無視しながら見て回る。
「そんなところに座らないで一緒に探してよ~」
作業中の寺の人らしい男性がいたので尋ねてみた。
聞いてみると昨年、先代のご住職が亡くなり息子さんが寺を引き継いでいる事、その際朽ちて所在の分からない墓や無縁仏などを新たに合祀した事が分かった。
しかし、もしかしたら富ばあさんなら何か知っているかも知れないと、寺男は駆け出して行った。
しばらくして本当にしばらくして歩行補助カートを押した背の丸いちっちゃいおばあさんを連れてきた。
寺男は富ばあさんの耳元で「何か知らんか
ぁ」と叫んだ。
富ばあさんは「知らんな~」と答えた。
私はいやいや、もう大丈夫ですからと、場を収めようとしたが寺男も親切で、ならばと奥に通されてご住職に話をしてくれた。
すでに普段着になっていたご住職を袈裟に着替えさせた。
結局、墓の所在は分からなかったがお経をあげて頂く事となった。
本堂の外は暮れ始めていた。
私は慣れない正座に四苦八苦しながらも眠くなってきた。
親切でお経をあげてもらっているのにと思っても眠くて仕方がない。
身体がユラユラする。ぐるぐる回る。
ぐるぐる回って気持ちがいい。
本堂の外から蜩の声がひと際大きく聞こえて来る。
読経の声と蜩の声の共鳴が頭の中で響く。
そいえば聞いて眠くなるお経は、上手なお経なんだ、て言ってたなお母さん。
ご住職はお若いながらも物腰の柔らかい落ち着いた方だった。
急に寺を引き継ぐ事になり詳細を先代の住職からあんまり聞けなかったと言った。
私たちが自分の先祖のお墓だと思って拝んでいたお墓も無縁仏だった可能性があるらしい。 寺男は記録を調べても見つからないと残念そうにしてくれた。
確かに墓標に書いてある文字もかすれて読めなかった記憶がある。
誰でも生きている仏であり、物質としての身体があるかないかというだけの違いしかなく、死ねばまた皆仏様なんだとご住職は語った。
この墓地全体に毎日お経をあげているし、この世とあの世は別のものではないのだから、あなたも存在全体に感謝の気持ちを持ち続ければそれで良いと私を慰めてくれた。
すでに夕日も落ち、シルエットに見える若きご住職をとてもありがたく感じた。
心も身体も軽くなった気がした。
〈続く〉