猫と女の子
じめじめと湿った暖かい空気が、体にまとわりつく夜が近づいて来ると、あの子達は、やって来る。
身体が震える日、見上げると、時折、チラチラと白い何かが見える。うっすら白い中に足跡がわかるようなそんな日も、あの子達は、やって来る。
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最初から、彼女は、興味津々だったね。真っ先に駆け寄って、僕を抱き上げた。
ーーねぇねぇ、あたしのこと覚えてる?
って、毎回、聞いて来た。最初は、もう1人の男の子も、彼女と一緒になって追いかけ回すけど、そのうち飽きちゃうのか、気づけば彼女だけ。いつも僕を抱き上げては、ところ構わず撫で回すもんだから、くすぐったくて、逃げ回ったよ。
ごはんを食べに戻ると、いつも彼女が、僕を待っていた。食べてる時でも、ずっと頭を撫でて、
ーー今日は、どこいってたの?何してたの?他の猫達と遊んでたの?
質問ぜめだったよね。でも、そんな時の彼女は、なんだか、少し悲しそう。ていうか、寂しそうに見えたな。
なんかさ、話し方が違うみたいなんだ。彼女の言葉遣いは、僕のご主人やその家族、また、彼女のお父さんお母さんとも違う。それで、周りの人は、彼女が話すとクスクスと笑うんだ。または、気取った喋り方ねって、眉を潜める。なんでかな、初めて会った時は、凄く、楽しそうに笑ってたのに、繰り返されるたびに、彼女の声は、どんどん小さくなっていった。周りの音にかき消されて行くみたいに。ふと彼女のお母さんを見上げると、おしゃべりに夢中だし、お父さんも凄く大きな声で、話してる。男の子は、お母さんといつも一緒なのに、今にも空気になっちゃいそうな彼女の様子には誰も気がつかない。
ーー外の景色をみせてあげる。
僕を抱きかかえて、外に出て、なぜか歌を歌って聴かせてくれた。
ーー気取ってなんかいないのに、この言葉しか話せないだけなのに、だって、ここの人じゃないから。でも、お母さんとお父さんはここの人だから。
そんな事があってから、僕たち、時々、夜を一緒に過ごす事があったよね。
僕は、君が、なんで、そんなに悲しそうにしてるのかわからないけど、動いちゃいけないのかなって思って、大人しく抱っこされてた。珍しくさ。
とにかく寒い夜には、君のお布団に潜り込んだ。
ーーお母さぁーん、また、お布団にいるー。
ぎゃぁーって、大騒ぎさ。でも、君は、僕が大好きだから、
ーーあたしのことが一番好きよねー、あったかいから、あたしも好きー。
ぎゅーっと抱きしめられる羽目になるんだけど。僕は、面倒だから、ホントは気づかれないうちに、お布団から、出たいんだけどね。
そうやって、時が過ぎていく中で、一度だけ、突然、やってきた事あったよね。いつもみたいに、僕を追いかけ回して、抱っこしないで、真剣に何かをずっと書いているから、ちょっと、その書き物の上に乗ってみたんだ。そしたら、君が、書いている紙を見せてくれた。
[お父さん、どうか家族で、喧嘩しないでください。みんなも喧嘩しないで下さい。天国のおじいちゃんも、家族が言い争ってるところなんて、みたくないと思います。どうか、仲良くして下さい。]
あの日、真剣に書き込んでいたあの紙は、その後、本当に読んで欲しかった人達には、読んでもらえたのだろうか。
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この頃、君の事を時々思い出すよ。うっすらとした温かい記憶。目を開けても、僅かな光が差すだけの暗闇だから、君を見分ける事はできないかもしれないけど。また、笑いながら頭を撫でてくれたら、きっと君だとわかる。
どうか幸せでありますように。