
主神オーディンが愛用するグングニルの恐ろしさ!?
北欧神話には,強大な力を秘めた魔法の品々が登場する。今回紹介するグングニルは北欧神話ではメジャーな武器。興味深い逸話が多く残されているので紹介してみよう。
北欧神話で最も有名なオーディンの特徴
北欧神話に登場するオーディン(Odin)は,片目で長い顎ひげを生やし,頭にはつば広の帽子,片手には槍を持ち,腕には金の腕輪をはめ,ローブを着た老人として描かれることが多い。ゲリ(Geri)とフレキ(Freki)という名の狼や,フギン(Huginn)とムニン(Muninn)という名のワタリカラスを従えた姿のほか,八本足の駿馬スレイプニール(Sleipnir)に騎乗した姿も多く見られる。ちなみに老人は知恵者,金の腕輪は王権,髭は嵐を象徴しており,目のない眼孔は冥界を見ることができたという。
北欧神話の主神オーディンは、知識と魔術、愛と死、詩と雄弁など、様々なものを司る神である。だが、オーディンの姿を思い描くとき最初に浮かぶのは、その名が「憤怒」や「狂気」を示すように、戦の神としての姿であろう。
黒いローブに身を包み、片目を広つば帽で隠した老人の姿で描かれるオーディンは、高座フリズスキャルヴに腰をおろして九つの世界を見渡す。
肩にはフギン(思考)とムニン(記憶)と呼ばれる二羽のワタリガラスがとまり、足元にはゲキとフレキという幸運をもたらす二匹の狼が控える。
腕には九夜ごとに同じ腕輪を八つ生み出すドラウプニルがはめられている。
そして、その右手に握られているのが、投げれば必ず相手に突き刺さるという魔法の槍・グングニルだ。
自分を生贄に捧げ、力を知識を求めた貪欲な神様!?
オーディンの特徴的な点は,成長し続ける神であり,冒険を重ねることでさまざまな知識や魔術を習得していったこと。トネリコの木に首を吊り,自分の脇腹を槍で突き刺すことで自分を死地に追い込み,冥界からルーン(魔力を秘めた文字)を持ち帰ったり(主神であったため誰にも祈ることができず,自分に自分をいけにえとして差し出してルーン文字を獲得したという説もある),巨人の国ヨテゥーンヘイムを冒険してガルドル(魔法の歌)を手に入れたり,智恵の泉を守護する老巨人ミーミールに自分の片目を与えることで,智恵の泉の水を飲ませてもらったりと,彼は貪欲に知識を求めた。
オーディンとラグナロクの関係
実は当初のオーディンは主神ではなく天候神であったが,数々の冒険を重ねて成長したことで,天候神,智恵神,創造神,死神,戦神など,非常に多くの側面を持つことになった。そして主神へと成長したのである。
オーディンの役目として大きなものは,戦乙女ワルキューレ達を使ってヴァルハラ(戦死者の館)に勇者を集めること。集められた勇者はオーデンの精鋭として,やがて勃発する巨人族との戦闘"ラグナロク"に参戦することになる。なおヴァルハラに集められた勇者達は,ワルキューレによってもてなされながら,日々戦闘訓練を行う。激しい訓練で死者が出たとしても,翌日の朝には生き返ってしまうそうだ。ヴァルハラは540以上もの扉があり,60万人もの勇者が生活できる空間があるらしい。
投げれば必ず突き刺さる、オーディンの魔槍!
冒頭でオーディンの片手には槍と紹介したが,その槍こそ魔槍グングニル(Gungnir)である。グングニルはミョルニルの回でも少しだけ登場したが,製作者はイーヴァルディの息子達と呼ばれる二人のドワーフで,柄の部分は,北欧神話では聖なる木とされるトネリコの木で作られており,穂先(その材質は不明)には破壊力を増すルーン文字が刻まれているらしい。投擲用として使われることが多かったようで,オーディンの手を離れると敵に必ず命中し,ひとりでにオーディンの手元に戻ってきたという。
北欧やケルトといった神話には,なぜか多くの魔法の槍,しかも投擲用が多数登場するが,実はこれには理由がある。はるか昔のバイキング達の戦いなどでは,戦闘の開始時には指揮官が敵軍めがけて投げ槍を投擲するという慣習があったらしい。そうしたことから槍という道具は戦端を開くものであり,特別視される傾向にあったようだ。こうした当時の慣習が神話に取り込まれたため,ケルトや北欧神話の多くの神や英雄が,槍を持つことになったようである。
「最高神が持つにふさわしい強力な槍!?」
グングニルを制作したのは、イーゥ゙ァルディの息子たちと呼ばれる二人の小人である。悪神ロキが雷神トールの妻ㇱゥ゙の髪を切ってしまったとき、そのお詫びとして自然に伸びる黄金の髪を作らせた。
その時小人たちは、同じ炉を使って平和の神フレイのために、どこへでも行ける折りたたみ式の巨大帆船スキーズブラズニルを、そしてオーディンのためにグングニルを鍛えあげた。
柄は聖なるトネリコの木であるユグドラシルから作り、穂先にはルーン文字が刻まれている。ルーン文字といえば、オーディンはユグドラシルの樹で首を吊り、
グングニルはロキがトールの妻シヴの髪を刈ってしまったため、代わりの髪を作らせた際に、その髪と船スキーズブラズニルと同時にドヴェルグ(小人)の鍛冶、イーヴァルディの息子達によって作り出された[6]。そのときロキは、ブロックルとシンドリというドヴェルグの兄弟が、これらと同じように見事な宝物を三つ作れるかどうかに自分の頭を賭けた。シンドリ兄弟が別の三つの宝物を製作した後、全ての宝物はオーディン、トール、フレイに品定めされ、グングニルはロキからオーディンへ渡された[7][8]。 『散文のエッダ』「詩語法」では、グングニルの性質について「その槍は正しい場所にとまったままでいない(geirrinn nam aldri staðar í lagi)」と説明されている[7][9]。この文の意味については、「決して的を外さない」[10][11]と「敵を貫いた後に自動的に手元に戻る」[12]との二通りの解釈がある。また、この槍を向けた軍勢には必ず勝利をもたらす[13]。
グングニルの穂先はしばしばルーン文字が記される場所の1つとされている[14]。
リヒャルト・ワーグナーの楽劇『ニーベルングの指環』では、ヴォータン(オーディン)の槍の柄は世界樹のトネリコの枝から作られたという設定になっている[15]。このため、日本語の文献には北欧神話におけるグングニルの柄もトネリコから作られたとする記述も見られる[16][17]。またある再話では、オーディンがミーミルの泉の水を飲んで知識を得た記念として、泉の上にまで伸びていたユグドラシルの枝を折ってグングニルを作ったともされている[4]。しかし、『エッダ』にはグングニルの柄がトネリコから作られたという記述はない。
ロキのもたらした神々の宝物
菅原邦城の『北欧神話』(1984)によれば、北欧神話で主神とされる戦死者の父オージンは「グングニルという槍」をもっている(p.91)。この槍をオージンが手に入れる経緯は、スノリの『エッダ』第二部「詩語法」に語られているので、谷口幸男「スノリ『エッダ』「詩語法」訳注」(1983)から、該当箇所を引用してみよう。
黄金はどうしてシヴの髪と呼ばれるのですか。ラウヴェイの子ロキが狡猾にもシヴの髪をのこらず刈ってしまったことがあった。トールはこのことを知ると、ロキをつかまえ、ロキが黒い妖精のところで、元の髪と同じようにのびるシヴの髪を黄金で作らせると誓うまでは、ロキの骨という骨を砕かんばかりだった。この後ロキはイーヴァルディの子らと呼ばれる小人たちのところへ行き、小人たちはこの髪と船スキーズブラズニルと、グングニルという名のオーディンの槍を作った。(p.41)
ロキは続いてブロッグとシンドリという小人の兄弟のところへ行き、これら三つと同じように見事な宝物を作れるかどうかに、自分の首をかける。ブロッグとシンドリはこれを受け、はえに姿を変えたロキに邪魔されながらも黄金の猪、腕輪ドラウプニル、槌(ミョッルニル)の三つを作りあげる。そして、ブロッグは賭けの勝負をつけるため、これを持ってアースガルズに赴く。
こうしてロキと小人が宝物を差し出したとき、アース神たちは裁きの席につき、オーディンとトールとフレイヤの下す決定は有効ということになった。そこでロキはオーディンに槍グングニルを、トールにシヴのつける髪を、フレイには船スキーズブラズニルを渡し、宝物全部の説明をして、その槍は正しい場所にとまったままでいないし、髪はシヴの頭におかれたとたんに皮膚にピッタリつく。そしてスキーズブラズニルは、どこへ行こうとしても、帆を上げるやいなや順風を受けるが、そうしようと思えば、布のようにたたんで小さい袋の中に入れて携帯することができる、といった。(p.42)
一方のブロッグは、オーディンに腕輪を、トールに槌を、フレイに猪を渡すが、アース神たちは槌を最上の宝物としたので、賭けは小人たちの勝利となった。自分の首を賭けていたロキは逃げようとするが、トールにつかまり、頭は賭けたが首は賭けていないと言い張る。そこで、小人たちはロキの唇を縫い合わせて黙らせ、首を取る代わりとしたのである。(終わり)
◆「両エッダ」に見るグングニル
グングニルの名は、スノリの『エッダ』第一部「ギュルヴィの惑わし(ギュルヴィたぶらかし)」にも登場している。また、いわゆる「エッダ詩」の一つ『シグルドリーヴァの歌』にも見える。菅原(1984)によれば、エッダ詩でこの名を挙げているのは、この『シグルドリーヴァの歌』のみだが、スカルド詩では、9世紀ノルウェーの老ブラギ・ボッダソンと10世紀アイスランドのエギル・スカラグリームスソンの使用がそれぞれ一例知られているという(p.91)。ここでは、谷口幸男訳の『エッダ』(1973)から『エッダ』「ギュルヴィたぶらかし」51章の一部と『シグルドリーヴァの歌』15~17節(中略部分が16節)を引用しよう。
~スノリ『エッダ』第一部「ギュルヴィたぶらかし」51章~
アース神と死せる戦士たちは、甲冑に身を固め、かの野を目ざして進む。黄金の兜をいただき、美しい甲冑を身にまとい、グングニルという槍を手にしたオーディンが先頭を切って馬を進める。目ざす相手はフェンリル狼なのだ。(中略)狼はオーディンをのみ込む。これが彼の死だ。だが、間髪を入れず、ヴィーザルが立ちむかい、片足で狼の下顎を踏みつける。(中略)ヴィーザルは一方の手で狼の上顎をおさえ、その口を引き裂いたので、それが狼の命取りになる。(p.276)
場面は「神々の黄昏」などと訳される北欧神話における最終戦争「ラグナレク」である。戦場に赴くオーディンがグングニルを所持している。彼の相手をするのは、解き放たれた「フェンリル狼」である。オーディンはこの狼に飲み込まれてしまうわけだが、この時「グングニル」も一緒に飲み込まれてしまったのだろうか?
~『シグルドリーヴァの歌』15~17節~
ルーネの彫られるところといえば、輝く神(太陽)の前に立つ楯の上、アールヴァクの耳の上とアルスヴィズの蹄の上、ルングニルの車の下でまわる車輪の上、スレイプニルの歯の上、橇の滑り木の鉄の帯の上、
(中略)
ガラスの上、黄金の上、人びとの護符の上、葡萄酒、麦酒、居心地のよい椅子の中、グングニルの先、グラニの胸、運命の女神(ノルニル)の爪の上、梟の嘴の上。(p.145)
ルーネ(ルーン)の彫られる場所が羅列される中に「グングニル」が登場している。谷口訳『エッダ』(1973)の訳注によれば、槍先にルーネの彫られた実例として、3世紀のKowelの槍をはじめ、Dahmsdorf, Φvre Stabu, Wurmlingenなどの槍先に〈攻撃者〉〈疾駆する者〉〈試す者〉、そして所有者を示すらしいルーネ刻銘が見られるという(p.148)。なお、『ヴォルスンガ・サガ』にある同様の箇所は「ガウプニルのつっ先」となっており(菅原邦城訳(1979)p.65)、菅原は「グングニルの誤り」だと注している(p.177)。
◆「エッダ詩」に見るオージンの投げ槍
この他、エッダ詩には「グングニル」とは限定されないものの、オーディンの持つ槍に言及した箇所が幾つかある。『巫女の予言』(10世紀末)、『グリームニルの歌』(10世紀初頭)、『フンディング殺しのヘルギの歌2』(9世紀中頃、もしくは12世紀末)の順で紹介しよう。引用は再び谷口訳『エッダ』(1973)からである。
~『巫女の予言』24節~
オーディンは槍を放って、敵の軍勢の中に投げつけ、これがこの世で最初の戦となった。アース神の城壁は破られ、戦を告げるヴァンル神族たちは戦場を踏み荒すことができた。(p.11)
オーディンが実際に投げ槍を用いる場面である。谷口訳(1973)の『巫女の予言』訳注によれば、戦が始まる前に指導者が敵勢の中、もしくは敵勢を越えて槍を投げるのが古代の習慣だったという(p.20)。この点に関しては、項目を改めて詳述するが(→〈考察・特大版〉)、その前に確認しておきたいのは、ここに登場する槍が「グングニル」か否かである。
引用したのはアース神とヴァンル神との戦争の場面である。しかし、先のスノリの『エッダ』に従えば、グングニルを入手した時点で、既にヴァンル神のフレイがオージンたちとともにいる。これは両神族間の戦いが終わっていることを意味する。つまり、ここで投げられているのが「グングニル」なら、物語の前後関係に矛盾があることになるのである。この程度の矛盾は神話の特徴・特質と見るべきか、それともこの槍は「グングニル」ではなく、「グングニル」は戦争後に入手したもの考えるべきだろうか?
~『グリームニルの歌』50節~
セックミーミルのところでスヴィズルとかスヴィズリルと名のったが、その名高い息子ミズヴィズニルを殺したときには、その老巨人の前で名を隠した。(p.57)
これはオージン自身の言葉の一部だが、文中の「スヴィズル(Sviður)」と「スヴィズリル(Sviðrir)」は「槍を持つもの」を意味する。つまり、「槍を持つもの」はオージン自身が自ら名乗った異名の一つなのである。五大サガの一つに数えられる『エギルのサガ』でも、主人公エギルが歌の中で、オージンのことを「槍の支配者」と呼んでおり(谷口訳『アイスランドサガ』(1979)p.133)※1、槍がオージンのシンボルだったことが分かる。先の『巫女の予言』と考え合わせると、もしかしたら「グングニル」入手の物語は、槍をシンボルとするオージンに後付けされたものなのかもしれない。
~『フンディング殺しのヘルギの歌2』30節~
ヘルギは老齢には達しなかった。ヘグニの子ダグが父の復讐のためオーディンに犠牲を捧げた。オーディンはダグに自分の槍を貸し与えた。ダグは義兄弟のヘルギをフィヨトゥルルンドというところで見つけ、その槍で刺し貫いた。ヘルギはその場で倒れた。(p.122)
オージンが人間に対して自らの槍を貸し与える場面である。この槍がグングニルだとすれば、グングニルは神々だけではなく、人間にも扱える武器だったことになるだろう。なお、ここで殺されているヘルギは、ヴェルスングの子シグムンド王とブラールンドのボルグヒルドとの間の子で、一族の敵であるフンディング王を倒したためにフンディング殺しと渾名された勇士である。彼はヘグニ王の子シグルーンと愛し合うが、ヘグニは自分の娘をグランマル王の長子ヘズブロッドと婚約させてしまう。シグルーンはヘルギに助けを求め、ヘルギはグランマルの子らに加え、ヘグニとその子ブラギを激しい戦の末に討ち果たす。生き残ったのは、ヘグニの子、シグルーンの弟に当たるダグだけであった。ダグは、オージンの助力によって義兄ヘルギを倒すことにより、父の復讐を遂げたのである。
材質は?
ネット上には、この槍の柄がトネリコで出来ていたとする説が散見される※4。佐藤俊之とF.E.A.R の『聖剣伝説』(1997)には「とねりこの木でできた柄も恐ろしく頑丈で、どんな武器もこの槍を破壊することはできない」との記述があり(p.20)、同書がその出典となっているものと考えられるが、何を根拠としているのかよく分からない。
一方、2005年12月に出版された武田龍夫の『バイキングと北欧神話』には、「神々への六つの贈り物」と題して、本ページ冒頭に紹介したスノリの『エッダ』第二部「詩語法」の一部が再話されているが、ここにはグングニルの柄をとねりことする記述がある。当該部分を引用しておこう。
それからイバルディの息子たちはイグドラシル(世界樹)から切り取った頑丈なとねりこの木から柄をつくり、赤く灼熱した鉄を打ってこれにはめ込んで槍をつくった。グングニールという槍である。
「これはオーディンの敵たちにとっては恐るべき武器となるよ。狙った的を外さないことになっているんだ」(p.117)