尋常じゃない蔑視の中で──『女盗賊プーラン』読書感想文
この話の主人公であるプーラン・デヴィは実在の人物だ。
本人の語りを元にしたという自伝。
世界の不条理をすべて背負って生きているような、とにかく凄まじい話だった。これが1960年前後に生まれた女性の半生かと。
なんだよこれ。辛すぎないか。
インドの「低カースト」の「貧困家庭」に「女性」として生まれ、次から次へと、考えつく限り、いや考えもつかないような貶められ方をされ、それでも生き抜いたプーランという人。
本書の最後のことばは、まさに彼女の叫びではないか。
それぞれの正義
プーランは11歳で結婚した先で相手の男に虐待される。ほうほうの体で出戻った故郷でも身の置き場はなく、男たちに嫌がらせを受ける毎日。挙句のはてに強姦され、その不条理に立ち向かえば、さらに罪を被せられ囚われた先で腐敗した警察官にまた強姦。
10代半ばにして女として生きる道も矜持もすべて奪われ、憎しみを募らせながら村で“浮いた存在”として過ごしていたプーランは、ある日、彼女の存在に目をつけた「ダコイット(盗賊)」に誘拐される。
皮肉にも、人非人の集団と人々に恐れられるその盗賊団で、彼女ははじめて人間として扱われ、愛を知ることになる。
盗賊団の一員として、プーランは自分を貶めてきた存在(男性)に“復讐”することで、自分と同様に虐げられている女性たちを救うことを使命とするようになる。
目的のために家財や金品を強奪し、男性を見せしめに叩きのめし、時には人殺しもする。
プーランがいうと、本当によくわからなくなる。何が正義なのか。
プーランのすごさ
“義賊”として暗躍した彼女の存在はインドを大きく揺るがせた。
一部から英雄視され、一部から敵対視され、人々はその挙動に注目した。
彼女は衆目のもとで1983年に逮捕・投獄され、1994年に釈放、1996年に国会議員となり、2001年に自宅前で暗殺される。
社会の「身分差別」と「女性蔑視」を象徴するような人生。彼女は時代のカリスマであり、スケープゴートでもあった。
プーランの強さは、どこから生まれたのか。
物語を追っていると、彼女はたしかに負けん気は人一倍強いが、ふつうのどこにでもいる感覚を持った人間であることがわかる。
いわれのない批判に当たり前に傷つき、容赦ない暴力に当たり前に怯え、理不尽さに涙し、不平等には腹を立て、どうにもならない事態を諦めて、それでも生きているかぎり、生きていこうとする。
ただ、彼女はそのような状況下にあって、与えられた環境で「当たり前だった」ことが必ずしも「当たり前でない」ことに気づく賢さを持っていた。
どうにもならない状況において、こういう気付きをできることのすごさ。
どんな状況にあっても、何をどうすればいいか、自分の頭で考え続けられることのすごさ。
私なら、とうに諦めている。
この世に本当に強い人などいない。
その人が強く見えるのは、
突き抜けて鈍感なだけか、
きちんと現実に向き合い自分の頭で対処しているから。
その言動や行動で人の心を揺さぶり、真から共感されるのは、必ず後者の人だと思う。